JR駅も山手と下町に

 上野の街と同様に、JR上野駅の構造もいわば「山手」と「下町」に分かれている。駅が台地と平地の境にあり、どちらにも出られる。

 山手側には公園口と名乗る駅舎がある。道路を挟んで上野公園に面しており、正面が東京文化会館、道なりに少し歩くと右側が国立西洋美術館、突き当たりが上野動物園という位置関係だ。

 下町側には正面玄関口を名乗る著名な駅舎がある。正面玄関口に連なる広小路口と不忍口(しのばずくち)はアメ横など繁華街に近い。

JR上野駅の公園口。東京文化会館や国立西洋美術館、上野動物園に近い(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
JR上野駅の正面玄関口。街の顔ともなっている(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
JR上野駅の広小路口。繁華街に近い。写真右奥が正面玄関口(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
JR上野駅の不忍(しのばず)口。広小路口と並んでおり、こちらも下町の繁華街に近い。写真左奥に山下口がある(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
京成上野駅。上野公園の地下にある。成田空港までスカイライナー号と、特急料金不要の特急を運行。後者はバックパッカーにも人気だ(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]

 興味深いのは、駅のホームも高低の2層に分かれている点だ。1階部分を「低いホーム」、2階部分を「高いホーム」と呼ぶ。最初に低いホームが設けられ、後に東京駅方面に路線を高架で直通させるために設置したのが高いホームだ。 高いホームのさらに1層上にコンコースがあり公園口につながる。

 低いホームはターミナル駅らしい趣を残している。高度経済成長期には長距離列車の乗降客でにぎわっていたものの、現在は寂しい状態になってしまった。

 1985年に東北・上越新幹線が上野始発となり、長距離客の多くが地下ホームに移った。1991年には新幹線が東京駅まで延伸したことで、上野駅は始発駅の地位を譲り、長距離利用客が減った。さらに2015年には上野東京ラインが開業し、低いホームで折り返していた列車の多くが、高いホーム経由で東京・横浜方面に直通するようになった。2016年3月には、上野始発の寝台特急「カシオペア」号の定期運行も終了。低いホームには6線があるものの、特に昼間は閑散としている。

 とはいえ、低いホーム復権の可能性もある。JR東日本が2017年5月に運行を始めるクルージングトレイン「トランスイート四季島」は、上野駅を始発駅として専用ラウンジも新設する。列車の定員は34人と少ないものの、13番線の人気者だったカシオペア号と同様、子連れを中心とする見学者を多く集めるとみられる。

JR上野駅の高いホーム。電車は京浜東北線の大宮方面行き電車。写真の右奥は中央通りで、ずっと進めば中央区銀座にたどり着く(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
鶯谷駅から上野駅方面を見渡す。線路が高低に別れていく。高い方は上野以南で東京駅方面に直通でき、低い方はすべて上野で行き止まりになっている(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
上野駅の東西を結ぶ自由通路「パンダ橋」から東側を望む。橋は山手と下町を結んでおり、直下に駅のホームがある(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
東京メトロの上野検車区。線路が地下から地上に出てきている。1927年の地下鉄開通時から存在する車両基地だ(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
京成線のもう1つの廃止駅である寛永寺坂駅跡。博物館動物園駅と日暮里駅の間に存在し、1947年に休止、1953年に正式廃止された。駅舎は現在、倉庫として使われている(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
トンネルから出てきた京成上野発の電車。寛永寺坂駅跡のすぐ北東側に位置する。きついカーブと上り勾配で日暮里駅に向かう(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]
上野動物園モノレール。遊技施設ではなく鉄道事業法に基づく交通機関として東京都交通局が営業している。正式名は上野懸垂線(写真:日経BPインフラ総合研究所)
[画像のクリックで拡大表示]