影が薄く、いかがわしい土木

 東京の都市景観を形成しているのは建築ばかりでなく、東京湾や隅田川に架かる橋梁の役割も大きい。しかし、この映画の描く東京は新宿と山手線の内側の西部に偏っているため、海や川に架かる橋は全く出てこない。

 東京の土木構造物でよく登場するのは、JR信濃町駅付近の外苑東通り(都道319号)に架かる歩道橋だ。瀧と三葉がそれぞれここにたたずむ場面は話の展開で重要な意味を持っているようであったが、歩道橋自体は特に大規模でも華やかでもなく、映画でも地味に描かれていた。

アニメ映画「君の名は。」で頻出する土木構造物は、JR信濃町駅前のこの歩道橋だ。物語の舞台としての役割は大きいが、魅力ある構造物としては描かれていないように見えた。遠景は六本木ヒルズの森タワー(写真:日経コンストラクション)
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 糸守町の方は、「山深い田舎町」という設定なので、三葉が住む風格のある和風住宅や糸守高校の校舎を除くと、特に印象に残る構造物は描かれていなかった。高校の校舎は鉄骨の筋かいで耐震補強されており、この映画の制作者が近年の建築の動向を丁寧に取材していることを感じさせた。

 糸守町の住民として、登場人物中唯一の建設業界人が登場する。三葉の友人の父親である建設会社の社長だ。発破作業をよくやるという設定なので、主力工事は砂防堰堤の施工かトンネルの掘削か、いずれにせよ土木系であろう。問題は、この社長が三葉の父親である町長にタニマチとして密着していることだ。町長選挙中の両者の会食はいかがわしい雰囲気が立ち込め、居合わせた三葉の友人に冷笑されていた。

 糸守町はやがて、ある巨大な自然災害に襲われる。被災直後には警察、消防、自衛隊とともに土木工事の技術者や作業員も出動して救助活動に当たったはずだが、映画にその場面はない。土木に関してはいかがわしい印象だけを残して、映画は終わってしまう。