内藤廣氏は、代表作である「海の博物館」が1992年に完成した直後、「素形」という造語を用いて自分のスタンスを表明した。東日本大震災後に、新たに「素景」として、地域共同体の夢となるような風景づくりを始めた。その1つが「静岡県草薙総合運動場体育館」だ。「素景」の考えを実現するため、目指す空間や技術的な問題を50分の1の矩計図に落とし込むことに力を注ぐ。

――「内藤廣の建築1992-2004素形から素景へ1」(TOTO出版、2013年)、「内藤廣の建築2005-2013素形から素景へ2」(同、2014年)というタイトルで作品集を出版しました。内藤さんの中で建築に関する考えが変わっているということでしょうか。

 基本的には変わりません。このあたりは不器用ですね(笑)。「素形」とは、「海の博物館」(1992年)完成直後の、今から25年ほど前に自分の立ち位置を説明するために言い始めた造語です。「誰の心の奥底にもある、形以前の深層意識」のことです。

内藤 廣氏(東京大学名誉教授、内藤廣建築設計事務所代表)(写真:稲垣 純也)
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 アンチポストモダン、商業主義に対する反旗を翻したスタンスは変わりません。付加価値やエンターテインメントなどに価値を求めやすい資本主義は、その恩恵もあるから仕方がないところもあるけれど、建築の形態がそういう振る舞いをすることに対し「そうじゃない」と言い続けているつもりです。建築空間の原点、建築のシンプルで明快な意思の伝え方にこだわっている建築家が1人くらいいてもいいんじゃないかと思ってやっています。

 一方、「素景」は、東日本大震災の後、「素形」の建築に加えて、共同体の夢となるような風景をそう呼んでみたいと考えて生まれた言葉です。それこそが現代に実現されるべき価値だと思えてなりません。

1989年竣工の「海の博物館・収蔵庫」。92年に完成した展示棟とともに日本建築学会賞作品賞を受賞(写真:吉田 誠)
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1992年に完成した海の博物館の展示棟(写真:吉田 誠)
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――「静岡県草薙総合運動場体育館」(2015年)では素景を生むことができましたか。

 はい(笑)。小さな瓶のアルミ箔のフタを指先でいじっていたときに形がピタッとはまった。その中には僕の原体験や、スタッフが見ても納得するようなものがありました。案外そんなものが空間や景観の原形のような気がしています。

草薙総合運動場体育館の原形となったアルミ箔のフタ(写真:内藤廣建築設計事務所)
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