4月14日夜、熊本県熊本地方をマグニチュード(M)6.5の地震が襲った。強烈な揺れに家具は散乱し、壁が剥落する。見慣れた我が家は一変し、停電で暗闇となった室内をはうように進む。大きな地震の直後に住宅から避難することがいかに難しいか。家屋への被害が特に大きかった熊本県益城町の事例(4月15日に取材)から考察する。
県道235号沿いに住む北田重子さん(50歳、仮名)。前震を受けてスマートフォンの明かりを頼りに障害物が散乱する屋内から家族を助け、屋外へ逃げた(写真:日経アーキテクチュア)
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 「お父さん大丈夫?お父さーん」。県道235号沿いに住む北田重子さん(50歳、仮名)は、暗闇の中で声をふり絞った。父親(81歳)の部屋から助けを求める声がかすかに聞こえる。スマートフォンで足元を照らし廊下を進む。見慣れた我が家は突き上げる激しい揺れで一変していた。散乱した家具、剥落した壁が行く手を塞ぎ、わずか数メートルの廊下が進めない。「倒れた靴箱をよじ登って裏口から外に出て、窓側から父を助けた」という。

 4月14日午後9時26分、熊本県熊本地方を震源としたM6.5の地震が発生した。16日の午前1時25分にはM7.3の揺れが一帯を襲った。14日の「前震」と16日の「本震」に加えて、震度5~6の余震が相次ぎ、家屋や店舗、公共施設、歴史的建築物が倒壊した。住宅地で特に被害がひどかったのは、熊本市内からクルマで東に20分ほどに位置する益城町(ましきまち)だ。

 北田さん一家は7人家族だ。重子さんの両親である81歳の父親と母親のほかに、重子さんの夫(54歳)と長男(22歳)、長女(21歳)、次男(18歳)がともに暮らしていた。前震が発生したときに在宅していたのは両親と重子さん、長女の4人だった。木造の住宅はいわゆる日本家屋で、父親が建てた自慢の家だった。入り口には瓦の立派な玄関屋根がある。屋根を支える柱を見ると前震の揺れで束石からずれていた。「余震が来るたびに屋根が崩れるのではないかと心配になる」と重子さんは話す。

入り口には瓦の立派な玄関屋根がある。屋根を支える柱を見ると前震の揺れで束石からずれていた(写真:日経アーキテクチュア)
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 重子さんの許可を得て玄関に足を踏み入れると、ガラス戸の割れた破片が散乱していた。歩くたびにジャリジャリと音が響く。前震直後は停電して室内は真っ暗だったという。靴を探そうにも散乱しているため、同じ組み合わせは見つかりそうにない。しかし、靴を履かずに玄関に飛び出したら、ガラス片で足の裏を怪我するだろう。

前震後の玄関はガラス破片が散乱していた。揺れの直後は停電して室内は暗闇の状態。靴は見つかりそうにない(写真:日経アーキテクチュア)
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 入り口で写真を撮影し、どうやって室内を撮ろうかとためらっていたら、「どうぞ、靴のままで上がって撮ってください」と勧めてもらった。