コンクリートをイメージしたカバーデザインの「建築のチカラ~闘うトップランナー」。アマゾンの売れ筋ランキング「建築家・様式分野」などで1位に(3月15日時点)

 日経BP社が2月27日に発行した書籍「建築のチカラ~闘うトップランナー」には、建築界の最前線に立つ建築家やエンジニア、カメラマンなど計10人へのインタビューの全文を収めている。そのうち、建築家は6人。槇文彦氏や安藤忠雄氏、内藤廣氏、田根剛氏などだ。年齢でみると1928年生まれの槇氏から79年生まれの田根氏まで、年齢差は実に50歳以上に及ぶ。

 なかでも、この1年に大きくステップアップしたのが田根氏だ。建築のチカラのインタビューを行ったのは2016年5月。同年10月には2006年の国際コンペで勝利した「エストニア国立博物館」がオープンし、10年がかりのプロジェクトに終止符を打った。

田根剛氏。たね・つよし:1979 年東京生まれ。2002 年北海道東海大学芸術工学部建築学科卒業。デンマーク王立芸術アカデミー客員研究員などを経て06 年にDGT.をフランス・パリに共同設立。17年に独立してATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTSを設立(写真:山田 愼二)
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 田根氏から「事務所解散」の案内が届いたのは、2017年に入ってすぐだ。エストニア国立博物館のコンペ時に協働した2人とDGT.(ドレル・ゴットメ・田根/アーキテクツ)を設立。パリに事務所を構えてこの10年間活動してきた。「共同設立者であるダン・ドレルとリナ・ゴットメとの話し合いの末、今後は各人が独立することにした」

 2016年末にDGT.を解散し、17年から設立した 田根氏の新たな事務所名は、ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTS。「今後もフランス・パリを拠点としながら15人ほどの多国籍なスタッフと共に国際的な視点を持って活動していきたい」。田根氏からの案内には、このように記されていた。

エストニア国立博物館を西側の公園から見る。エントランスから長さ300m超のファサードが続く。飛躍するエストニアの未来へと離陸していく風景を創出している(写真:武藤 聖一)
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 エストニア国立博物館の完成が、周囲に与えたインパクトは大きかったようだ。田根氏は2017年1月、東京都の設置した「東京未来ビジョン懇談会」(座長:小池百合子東京都知事)のメンバーに入った。東京都における政策の推進や政策形成などに新たな発想を取り入れるため、各界の第一線で活躍する若手と意見交換を行うのが目的だ。

 3月には文化庁による2016年度(第67回)芸術選奨の美術部門で文部科学大臣新人賞に選ばれた。このほか芸術振興部門ではチームラボ代表の猪子寿之氏が新人賞を受賞するなど、そうそうたる顔ぶれだ。同庁は田根氏への贈賞理由を以下のように公表している。

 「2006年に『エストニア国立博物館』の設計競技において、弱冠26歳で最優秀賞を獲得し、様々な困難を乗り越えてこの建築を2016年完成させた。ソビエト連邦時代の負の遺産である軍用滑走路をそのままモチーフに取り込んだ建築は、シャープでインパクトのある造形により、『過去の記憶の継承』だけでなく、エストニアの『未来への飛翔(ひしょう)』を予感させる優れたものである。この建築の完成により、現在世界で最も注目されている若手建築家の一人となっている」

 田根氏は日経アーキテクチュアが2016年12月22日号に掲載した「編集部が選ぶ10大建築人2017」で、2017年以降も活躍が期待される10人の1人に選ばれている。この際のインタビューでは、エストニア国立博物館の完成の手応えを笑顔で語るとともに、日本の建築界の現状について穏やかな口調ながら鋭く斬り込んだ。

 以降で、「建築人2017」のインタビューの一部をお伝えする。エストニア国立博物館の完成前、そして独立後の抱負などは書籍「建築のチカラ」でご覧いただきい。