都市計画の方法論を更新した 「リノベーションスクール」

馬場 アート・デザイン・建築の複合イベントとして展開した「CET:セントラルイースト東京」(2003~10年)でも個別の空間のリノベーションが面としてつながっていき、エリアがリノベーションされていく可能性を垣間見てはいましたが、それはあくまで東京の話。例えば僕の実家は佐賀の商店街ですが、既に消滅しています。まちの構造が変わってしまってデザインだけで解決できる状況をはるかに超えている。そういった状況に対して忸怩(じくじ)たる思いがあったんです。空間のリノベーションで培った知見を何とかエリアに応用したいと思っていた時に、嶋田さんたちが北九州で動き始めた。

しまだ・ようへい らいおん建築事務所代表取締役、北九州家守舎代表取締役、建築家/1976年北九州市生まれ。東京理科大学大学院博士前期課程建築学専攻修了。みかんぐみを経て2010年らいおん建築事務所設立。建物半分、できごと半分をテーマに様々な活動を展開。北九州市小倉の魚町商店街や東京・豊島区雑司が谷などで、遊休不動産の再生を通じたまちづくりに取り組む。近作に岩手県紫波町『オガールベース』がある。(写真=鈴木愛子)

嶋田 CETでもプロデューサーをされていた清水義次さんが、リノベーションスクールを発案されたんです。清水さんはたぶんCETを通じて、不動産流通が重要であること、不動産オーナーの意識が変わり、連携して同じ方向へ向かっていき、そこで活動する人たちをうまくマッチングすればエリアが変わっていくということを、実感されていたと思います。

馬場 CETの活動の中で東京R不動産が育ち、不動産流通がエリアを変えるとてつもないエンジンだということは分かってきていた。北九州の場合は、それがリノベーションスクールというエンジンだったわけですね。そうやって僕らは建築設計にとどまらない手法を取り込みながら、まちを変えるダイナミズムを獲得しようとしていたのだと思います。

──北九州のリノベーションは、どのような順番で進んでいったのでしょうか。

嶋田 最初に、魚町銀天街という商店街にある築40年以上のテナントビル「中屋ビル」の1階を改修して「メルカート三番街」という若い起業家やクリエイターたちの集まる場所をつくりました。その頃、北九州市は清水さんプロデュースの下、「小倉家守構想」という都市政策を策定していました。2011年の政策発表と同時に、メルカートがリーディングプロジェクトとしてオープンしたわけです。その年の夏に第1回のリノベーションスクールを開催しました。

 半年後に第2回をやった時に、提案で終わらせずに具体的なプロジェクトとして実案件化しないとまずいと思い、「家守会社をつくろうと思う」と清水さんに言ったら「遅い!」と怒られました。それですぐにメンバーとお金を集めて、2012年6月に民間のまちづくり会社「株式会社北九州家守舎」を設立したんです。その年の10月には最初のプロジェクトとして、シェアオフィスをオープンさせました。

上:リノベーションスクールからの実案件化の1つ『ビッコロ三番街』。中屋ビル1階にカフェ、短期間の出店が可能な小区画、通り抜けストリートなどを設けた 下:「リノベーションスクール」のサイト。2011年8月から半年に一度、北九州市小倉で開催。リノベーションを通じた都市の再生手法を学び、体験する場を提供している(写真:イクマサトシ、資料:北九州家守舎)

馬場 そこからは早かったよね。

嶋田 第1回をやってみて気がついたことがあります。最初は赤煉瓦であるとか、リノベーションしたらカッコよさそうな建物ばかり選んだのですが、本当に選ばなければいけないのはオーナーだった。それで第2回からは、中屋ビルのオーナーである梯(かけはし)さん(輝元氏、中屋興産代表取締役)のつながりで、自分の建物を使ってまちに資するという意識のあるオーナーさんをまず選びました。

馬場 僕もユニットマスターや講師として呼んでもらい、幾つかの物件がリノベーションスクールの提案に基づいた企画によって本当に動き始めたのを目の当たりにしました。そのうち、リノベーションスクールはスクールというよりも、新しい都市計画やまちづくりの方法論なのだと気づいたんです。

 今までの都市計画は、マスタープランをつくって5カ年計画をつくって…という方法でした。でも、どの自治体も、もう5カ年計画を遂行できる体力はない。マスタープランがあっても絵に描いた餅になってしまって、既に破綻していることは明らかです。

 そのことを誰もが知っていながら方向転換できない中で、リノベーションスクールが提示したのは具体的な物件、具体的なオーナー、具体的なプレイヤー(事業者)を、ある期間の中で集めて、スクールをエンジンとして実案件化していくという演繹的な方法論です。つまりこれは新しい都市計画の方法論であって、硬直していた状況を打破する方法論なのだと。

 都市計画はもう、計画の方法論自体を見直さないといけない時期に来ているんじゃないか。その1つの答えがスクールなのだろうと思います。

嶋田 北九州だけでやっていたことが、ここに来て全国的に注目を浴び始めて、今年は和歌山や熱海、鳥取、山形などへも広がっています。東京で唯一、消滅可能性がある都市として名前の挙げられている豊島区も、リノベーションスクールを開催する予定です。

馬場 北九州で基本的なフォーマットがつくられて、それが各地域の規模や課題、プレイヤー、歴史といったものに合わせて微修正され、形を変えながら展開していく。それが次のフェーズでしょうね。

左:中屋ビルが接する商店街「魚町サンロード」では、アーケード撤去と併せて「通りのリノベーション」を開始。広場(緑地)はまちづくり会社「鳥町ストリートアライアンス」を中心に市民が管理運営する 右:現在の魚町サンロード。右手がリーディングプロジェクトとなった『メルカート三番街』(資料:神奈川大学曽我部研究室、写真:イクマサトシ)