JR東海が地形・地質調査結果報告書を国土交通省に提出したことで、実現に向けて一歩前進したリニア中央新幹線。ところが、計画が具体化するにつれ、経由地をめぐってJR東海と長野県とで思惑の違いが鮮明になってきている。

 報告書に記された3通りの経由案のうち、JR東海は路線長が短く事業費を抑えられる南アルプス貫通のCルートを推進しているのに対し、長野県は経済効果の期待できる諏訪地区経由のBルートを求めている。長野県の試算によると、BルートはCルートに比べて約40km遠回りになるものの、所要時間は5分程度延びるだけという。リニア新幹線を諏訪地区へ誘致するにはどんな課題があるのか、整理してみた。

事業費に加え保守費も運行費も増加

 まず挙げられるのが、事業費の増加だ。JR東海はCルートでの事業費を計5兆1000億円と見込んでおり、全額を自己負担するつもりでいる。内訳は建設費と車両費であり、中間駅の設置費用は含んでいない。

 路線長が延びると工事費や用地の買収費が増える。用地買収は人家が非常に少ないCルートに比べ、割高になる恐れがある。所要時間が延びると車両の運用効率が悪くなるので、車両数を増やす必要が生じる。車両数の増加に合わせて車両基地や変電設備なども大規模化しなければならなくなる。Bルートの路線長は約330kmとみられ、約290kmのCルートに比べて14%長い。単純計算すると、5兆1000億円の14%に当たる7000億円の追加費用が発生する。

 “初期費用”を増やすだけでは済まない。路線が長くなり、車両が増え、設備が大規模化すると、それに見合った保守費用が必要になる。乗務員や電力といった運行に直結する費用も増やさなければならない。これらの永続的な費用を誰が負担していくのか、大きな問題となりそうだ。

 一般論では、路線が遠回りになっても、それによって利用者が増えれば、費用の増加を吸収できる。しかし、リニア新幹線は輸送力に限界があり、単純にはこの図式を当てはめにくい。

 リニア新幹線の輸送力について、JR東海の葛西敬之会長は2007年末の講演会で「片道で1日10万人が目標」と述べている。現状の東海道新幹線の約20万人に比べると、半分程度でしかない。リニア新幹線の車両は、客室の幅が在来線並みに狭いこともあって、1編成当たりの定員は少なくなる。安全に高速走行するために列車間の距離を大きくしたり、分岐装置の切り替えに時間がかかったり、といった事情もありそうだ。

並行する中央本線はどうなるのか

 諏訪地区にリニア新幹線の駅が設けられると、並走する中央本線のあり方が問われることになる。利用者がリニア新幹線に転移すると、収支が悪化する恐れがあるからだ。

 同様の問題は、各地の整備新幹線で起きている。1989年以降、国が整備新幹線を着工する際に、収支が見込めなくなる“平行在来線”はJRから分離経営することを、政府と与党がその都度、取り決めてきた。例えば、1997年に長野新幹線(北陸新幹線)が開通した際に信越本線は、横川-軽井沢間が廃止され、軽井沢-篠ノ井間は第三セクターのしなの鉄道に経営が転換された。リニア新幹線が諏訪地区経由になると、似たような議論が出てくる可能性がある。

 名古屋-諏訪地区間については、まだ問題は少ない。該当区間の大部分となる塩尻以西(中央西線)をJR東海が運営しているので、減収分をリニア新幹線で穴埋めするという“自己完結”の考えに立てる。問題は、JR東日本が運営する塩尻以東だ。JR東日本にとっては、甲府近辺に加えて諏訪地区でも利益を損なわれることになる。2社間に新たな火種を生じ、話がややこしくなる。

 また、諏訪地区以外の長野県、例えば松本近辺と首都圏や中京圏との移動は、直通する長距離列車の本数が減ることでかえって不便になる恐れもある。多少は時間がかかっても乗り換えはない方がありがたいという利用者は、高齢者を中心に少なくないはずだ。

 公共交通機関は、建設時に通過地の諸事情に配慮する必要がある一方、利用者にとっては速くて安いに越したことはない。開業後のリニア新幹線を支えていくのは、主には運賃・料金を支払う利用者だ。もし長野県が諏訪地区経由のルートを求めるのであれば、JR東海や国に対してだけでなく、利用者に向けて納得のいく説明をする必要があるだろう。