足元から吹く冷気で観客を包み込む

 ナショナル・スタジアムには、快適な冷房設備を整えることも条件であった。

ナショナル・スタジアムの全体環境計画の概念図(資料:Arup)

 スタジアムの空間を分析したところ、人が滞在する居住域の空間容積はスタジアム全体のわずか40分の1にすぎないことが分かった。

 そこで、居住域だけに限定した微気候空間をつくって冷房し、それ以外の非居住域は特に温度や湿度を調整しないというめりはりをつけた。一般的なダクト吹き出しによる全般空調のシステムと比べて、約40%のエネルギー使用量である。

 さらに、設計チームは「気流感」が観客席の快適性に大きく影響することを突き止めた。

 座席後部の足元から出た涼しい気流が背もたれに沿って吹き上げられ、観客席の周辺だけを包み込む。観客が空調気流の“泡”で覆われるようなイメージである。空調用の電力は、駐車場の上に設置された3500m2の太陽光発電パネルによって賄う。

 結果的に、ナショナル・スタジアム全体では、シンガポールの基準による標準的なスタジアムと比べて26.5%の省エネになると試算している。

ナショナル・スタジアムの外周部にある「スポーツ・プロムナード」。PTFE(四フッ化エチレン樹脂)の膜仕上げのルーバーに覆われている。雨にぬれずに公共交通機関の駅などにアクセスできるほか、待ち合わせ場所にもなっている(写真:Darren Soh)

 これらのように、世界初の試みを多く採用し、シンガポールの地域特性を反映した個性的な建築とするための工夫を随所に盛り込んだ。この場所はかねてから建国記念日のパレードの開催地としても使われており、シンガポール国民にとっては愛国心をかき立てられる場所でもあるだろう。

 巨大さや可動式の屋根など派手な部分に話題が集中しがちであるものの、都市の快適性の向上や健康増進といった役割を通して、シンガポールに寄与する拠点となることを願っている。


シンガポール・スポーツ・ハブ設計チーム:Arup+DP Architects+AECOM
マスタープラン:DP Architects+Arup+AECOM
スポーツ関連施設の設計:Arup Associates+DP Architects
事務所、商業施設の設計:DP Architects
エンジニアリング(技術設計):Arup
ランドスケープ:AECOM


菊地雪代(きくち・ゆきよ)
菊地雪代(きくち・ゆきよ)アラップ東京事務所シニア・プロジェクト・マネージャー。東京都立大学大学院工学研究科建築学専攻修了後、設計事務所勤務を経て、2005年アラップ東京事務所に入社。一級建築士、宅地建物取引主任者、PMP、LEED評価員(O+M)。アラップ海外事務所の特殊なスキルを国内へ導入するコンサルティングや、日本企業の海外進出、外資系企業の日本国内プロジェクトを担当。