ドコノモン

定価:本体1,800円+税
倉方俊輔(文・写真)
A5判 200ページ
ISBN : 978-4-8222-6064-4
商品番号:196530
発行日:2011/12/26

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「あのビル、実は名建築」――。魅力的な戦後建築は、日本中にまだまだ眠っています。新進気鋭の建築史家が街を歩き、「ひょっとしたら名建築?」を鑑定。見どころや時代背景を、写真をふんだんに使って解説していきます。全物件、地図付きです。携帯しやすいA5判です。街歩きのお伴にもどうぞ。

※本書は2008~09年に日経アーキテクチュアとケンプラッツに連載した記事を加筆・再編集したものです。

取り上げた建築

  • ニュー新橋ビル:東京都港区・1971年
  • 味園ビル:大阪市中央区・1956年
  • 渋谷109:東京都渋谷区・1978年
  • 船場センタービル:大阪市中央区・1970年
  • 安与ビル・柿傳:東京都新宿区・1968~77年
  • ホテル立山・室堂ターミナル:富山県立山町・1972年
  • コマツビル(旧小松ビル):東京都港区・1966年
  • 日光市今市文化会館(旧今市市文化会館):栃木県日光市・1977年
  • 蒲郡市民体育センター(旧蒲郡市民体育館):愛知県蒲郡市・1968年
  • カプセルホテル・イン大阪(旧カプセル・イン大阪):大阪市北区・1979年
  • 川甚本館:東京都葛飾区・1964年
  • 嵐山カントリークラブハウス:埼玉県嵐山町・1961年
  • 下関市体育館:山口県下関市・1963年
  • 小松市公会堂:石川県小松市・1959年
  • 近江屋洋菓子店神田店:東京都千代田区・1966年
  • 足摺海底館:高知県土佐清水市・1972年
  • 南永田団地:横浜市南区・1974年
  • 横浜薬科大学図書館棟(旧ホテルエンパイア):横浜市戸塚区・1965年
  • 阿知須合同納骨塔:山口県山口市・1967年
  • ホテル井筒:長野県松本市・1964年
  • 円通寺本堂:東京都荒川区・1981年
  • 金地院本堂:東京都港区・1956年
  • 龍生会館:東京都新宿区・1966年(2010年解体)

前書きから

 「ドコノモン」とは何か。それは「ドコモモ(DOCOMOMO)」に敬意を払ったパロディである。……分かりづらいかもしれない。冗談を説明するという野暮に移ろう。

 ドコモモはモダニズム建築の大切さを訴えたり、保存・活用に向けて尽力したりしている団体だ。1988年にオランダで誕生し、2000年に日本支部が設立された。2003年には特に重要と考えられる建築を「DOCOMOMO100選」として選出。リストはその後も追加されて、2011年現在は150選になっている。

 しかし、この無償で着実な成果を挙げているドコモモの活動に対して、疑問の声も聞く。いわく、「ドコモモ建築」の対象は結局、丹下健三や前川國男や吉阪隆正といった有名建築家の名が付いた作品であって、権威追従型ではないか。いわく、語り口が生真面目で、これではモダニズム建築が一般の人に親しまれないのではないか。いわく、作品主義で、建設の背景や使い手の物語が軽視されているのではないか──。

 私はドコモモの活動に共感して、参加している。こうした批判が当たらないことも知っている。しかし、現時点でそう誤解されてしまう理由も分からなくはない。

 それはドコモモの罪ではない。ドコモモにはドコモモの役割がある。きっとそれを補完する存在が要る。それが「ドコノモン」。どうにも気になる魅力を放っているが、ドコのもんか分からない。そんな名建築に光を当て、いつ、誰が、どうしてこんなものをつくったかをみていくことが必要ではないか。こうして2008年に「ドコノモン100選」と題して連載をスタートさせた。

 はじめてみると、これが意外と盲点だったことに気付く。街には現時点で有名でなくても、知られざる戦後建築の傑作があるはずだが、雑誌を開いてもインターネットをみても、それらを取材したり文献に当たったりしているケースは驚くほど少ない。有名建築家のモダニズム建築は繰り返し紹介されるのに。廃墟や団地や土木構造物などマニアックともいえる物件はたくさん記事があるのに。中途半端な有名性が「評価」のジャマをしているのだろうか。でも、いいものはいいのだ。

 本書では23の「ドコノモン建築」を採り上げた。すべての取材に良い思い出が付き添っている。よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに見どころを解説していただいたり、当時のエピソードを口述していただいたり、昔の資料や写真を引っ張り出していただいたりした。インタビューできる場合には設計者も訪ねていった。どの物件も最初に目にした時のインパクト以上に、その後の取材や調査を通じて面白さが深まるところに、やはりこれも《建築史》なんだと感じる。

 連載中、徐々に同好の士の存在を知って勇気が湧いた。「味園ビル」と「船場センタービル」は高岡伸一さんに教えていただいた。「南永田団地」は松井渓さんから編集部への投稿で知った。また「ニュー新橋ビル」については、取材後に初田香成さんが広い視野から学術的に調べられていることが分かって、大いに参考にさせていただいた。こうした存在を静かに面白がる気持ちが拡がっていることを知って、間違った方向ではなかったんだとホッとした。

 23の「ドコノモン建築」はみな、どこかがナンバーワンだ。ほかのものでは代用できないかたちで、こんな過去があったのだと教えてくれる。つまり、成立の背景が現在では考えられないものであったり、法規的・構造的・思想的に形の決め方がずいぶん違っていたり、今では珍しい材料やぜいたくな手仕事が施されていたりする。

 そして、建築は場所と切り離せないものなので、特質は自然とその土地に結びついてくる。何でここにこんなものが建っているのか考えてみると、さまざまなことに気付く。土地柄の変遷だったり、いっぷう変わったデザインが設計者による場所性の解釈だったり、現在までの使われ方に地域の歴史が刻み込まれていたりといった具合だ。

 限られた字数の中で、なるべくそういうことを伝えたかった。「B級」や「マイナー」や「消えゆくもの」なんかじゃない。街の誇りに思ってほしいのだ。同時に、欲張りかもしれないが、これからの建築をつくる実務者に勇気を与えられたら本望だ。今まで言われていた以上に、戦後建築はこんなことをここまでやっていたのだよと、アイデアや奮い立つ気持ちのもとになってくれたらいい。

2011年12月  倉方 俊輔

倉方 俊輔(くらかた・しゅんすけ)
建築史家
くらかた・しゅんすけ 1971年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、同博士課程満期退学。現在、大阪市立大学大学院工学研究科准教授。博士(工学)。学位論文では伊東忠太を扱い、吉阪隆正に関する単著を執筆後、戦後建築や、より新しい現代建築にも関心を深めることに。著書に『吉阪隆正とル・コルビュジエ』。共著に『建築家の読書術』『東京建築ガイドマップ』『吉阪隆正の迷宮』『伊東忠太を知っていますか』など。