1998年8月31日、北朝鮮は「テポドン」ミサイルを太平洋に向けて発射した。テポドンは日本上空を飛び越えて太平洋に落下した。「日本の上をミサイルが飛んだ」というニュースに日本中が震撼した。

 この時期、日本の宇宙関連メーカーはせっせと政府に対して偵察衛星の売り込みを図っていた。テポドンの飛行に刺激された日本政府は、その後一気に偵察衛星である「情報収集衛星」の導入に動き、1998年度補正予算から、総額2500億円の情報収集衛星の開発が始まった。2500億円というのは地上施設と最初の衛星4機を軌道上に配備し、運用するための経費である。衛星は寿命が来れば更新しなくてはならないし、次世代衛星のためには技術開発もしなくてはならない。開発開始から10年、情報収集衛星には累積で約5700億円もの国費が投入された。今後も少なくとも年400億円以上がコンスタントに使われることとなっている。

 では、この時、巨額の負担が毎年続くことになる情報収集衛星の導入を決定した政治家たちは、どの程度まで“宇宙の常識”を理解していたのだろうか。

 1998年の状況は以下の通りだった。

・1998年8月25日:三菱電機の谷口一郎社長(当時)が。自由民主党の「科学技術・情報懇談会」で偵察衛星構想についてレクチャー

・8月31日:北朝鮮は「テポドン」ミサイルを太平洋に向けて発射

・9月1日:日本のマスメディアが一斉に「テポドン」発射を報じる。自由民主党総務会では偵察衛星保有に関する積極的な発言が続出。テレビ出演した民主党の菅直人代表(当時)「日本は自前で偵察衛星ぐらい持つべき」と発言

・9月3日:小渕恵三首相(当時)が、「強い関心」を表明する。

・9月7日:政府与党連絡会議は「多目的衛星」という名称で、偵察衛星導入に向けた検討を開始。情報衛星プロジェクトチーム(座長は中山太郎元外務大臣)を発足。チームには野呂田芳成・防衛庁長官を始め、愛知和男、衛藤征士郎、玉沢徳一郎各代議士ら防衛庁長官経験者が中心に自民党の防衛族議員が参加。

・10月14日:情報衛星プロジェクトチームのヒアリングに、三菱電機が「多目的情報収集衛星システムの検討」という資料を提出。

・11月2日:平成10年度第3次補正予算に情報収集衛星開発に向けた予算17億円が計上され、計画が動き出す。

 わずか2カ月強で、現在までに5700億円を消費した大計画が一気に動き出したわけである。

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