初めてスティーブ・ウォズニアックの話を聞いた。先週サンフランシスコで開かれたインテルの技術者向け会議Intel Developer Forum(IDF)でのことだ。

 ウォズニアックは、もちろんスティーブ・ジョブズとアップル・コンピュータ(当時)を共同設立した立役者。アップルが軌道に乗って後、1987年に職を辞し、小学校でコンピューターを教えたり、NPO活動をしたり、あるいは通信関連のスタートアップを起業したりしてきたが、なかなか人々の面前に出てくる人物ではなかった。私もシリコンバレーに来て10年以上過ぎたが、ウォズニアックの話を生で聞く機会は、なぜかこれまでなかったのだ。

 「僕はひどくシャイで……」。IDFでの登場は対談という形式だったが、ウォズニアックが何度も口にしたのは、このことば。本当に、クマさんのような外見は、見るからにシャイそうだ。

 この対談でよくわかったのは、ウォズニアックは根っからのエンジニアだということ。彼によると、ジョブズはすぐに「さあ、売りに行こうぜ」と言う、商売っ気たっぷりのタイプ。しかも「自分のなりたい者になれると信じていたし、企業を経営するのに関心があった」らしい。けれどもウォズニアックは、自分が楽しめるものをコツコツ続けていれば幸せを感じるタイプだったとか。きっと弥次さん、喜多さんのようなコンビだったのだろう。

 うーん、とうなったのは、次のことば。

 「エンジニアが何かを達成しようとするならば、独立独歩の人間でなければならない。自分のやりたいことにとことん打ち込む。そして、金がなくても、リソースがなくても、気にすることはない。それが返って役に立つことがあるんだ」

 ウォズニアックは、決して他人のデザインを参照したりすることはなかったそうだ。ただ、その下部構造であるアーキテクチュアは参考にする。そのアーキテクチュアをじっくり見ているうちに、頭で何かがひらめき、まったく新しいデザインのアイデアが出てくるのだという。

 「決して、他人の言うことに振り回されるな。自分のやり方を正しいと信じ続けるんだ」

 そもそもコンピュータに関心を持ったのも、16歳の時手にした小型コンピュータづくりのハンドブックがきっかけだった。それを一人でひも解いていた。お金も学位も肩書きにも、何も関心がなかったのだという。

 シャイだけれども、信念の人だなあというのが否応にも伝わってくる話だった。今は本格的なエンジニアとして仕事はしていないらしいが、もししていたら、みんなが手を付けていない、未だ存在していないようなものの開発に取り組んでいるだろう、と語った。

 ところで、ウォズニアックは今でも一応アップル社員で(彼は永久社員なのだそう)、少額の給料を受け取っているらしい。そして、アップル製品を買うのには社員割引を利用(ということは、以前、この連載でも紹介したiPhone 3G発売時の噂は本当かも)。購入の際には必ず社員番号を尋ねられるが、何とウォズニアックの番号は「1番」。係員がのけぞる様子が見えるようである。

 私自身は、1970年代末から1980年代初めのアップルの隆盛期をリアルタイムでは共有していなかった。けれども、ウォズニアックの話し振りを聞き、彼のホンワカとした人柄を見て、あの面白い時代を追体験させてもらったような、お得な気分になったのだった。

■追伸
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