「DOS/V」登場、98時代に終止符

 1990年、安泰に見えた98時代に暗雲が立ち込め始める。「DOS/V」の登場である(図1)。

●日本IBMがDOS/Vパソコンの「見本」を発売
図1 日本IBMが1991年5月に発売した「PS/55Z 5510Z」。DOS/Vの「リファレンスマシン(動作確認用マシン)」として位置付けられた。DOS/V以外の日本語OSは動作しない、初のDOS/V専用パソコン。当時のIBM製パソコンとしては破格の19万8000円(HDDなしの本体価格)だった

 DOS/Vとは、米IBMのOS「PC DOS」に、日本IBMが日本語処理機能を追加したOS。漢字ROMや日本語用グラフィックスボードといった専用のハードウエアを使わずに、日本語を使えるようになる(図2)。つまり、ソフトウエアだけで日本語処理を実現するので、海外で広く使われているPC AT互換機で日本語を使えるようになるのだ。

●ソフトで日本語処理を実現、専用ハードが不要に
図2 PC-9800シリーズとDOS/Vパソコンの違い。ソフト名などは1992年当時。PC-9800では、フォントを専用ROMとして組み込んでいるが、DOS/Vではフォントをソフト化した。このため、海外のPC AT互換機をそのまま使えることに加えて、フォントを容易に変更できる
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 とはいえ、DOS/Vが登場した当時は、それほど注目されなかった。DOS/Vは最初、日本IBM製パソコン「PS/55」シリーズ1機種用のOSとして提供され、その可能性に気付く人は少なかった。

 しかし1991年になると、急速に普及していく。日本IBMは「PCオープン・アーキテクチャー推進協議会(OADG)」を設立。DOS/Vパソコンを作るための情報を、OADGに参加するメーカーに公開した。

 OADGには、NECを除く大手パソコンメーカーのほとんどが参加した。富士通やソニー、日立製作所、松下電器産業(当時)に加えて、AX連合に参加していたシャープなども合流。AXの流れはDOS/Vに集約された。

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