モバイルIPの利用が始まった。モバイルIPを使って,異なるネットワーク・セグメントに移動しながら,同じIPアドレスで通信を継続できるようにする実証実験が実施されている。VoIP(IPを使った音声通信)や認証にIPアドレスを使うアプリケーションなど,固定のIPアドレスを必要とするアプリケーションでの使用が考えられる。また今後,業務用端末や車載機器などが固定のIPアドレスを持つようになると,モバイルIPの必要性が高まると見られる。

(山崎 洋一=yyamazak@nikkeibp.co.jp

 「モバイルIP」を使った実証実験が始まっている。モバイルインターネットサービスは,2001年5月末から東京都世田谷区の三軒茶屋地区で「街角インターネット」の実証実験を実施している。無線LANの技術を使ったインターネット接続サービスで,データ通信をしながらサービス・エリア内を移動可能にすることを狙う。2002年4月から,正式なサービスとして提供する予定である。

 ノキア・ジャパンは2002年2月に,東京都港区のアークヒルズで,モバイルIPを使った実証実験を開始した。ビルの1フロアに無線アクセス・ポイントを複数台設置。無線アクセス・ポイント間を移動しても,IP通信がうまく継続できるかなどを検証する。

 モバイルIPは,パソコンなどがIP通信をしながら,IPネットワークの単位であるサブネット間を移動しても通信を継続できるようにする技術。異なるサブネットでも,同じIPアドレスを使い続けられるような仕組みを実現する。モバイルIPは,1996年にIETF(インターネット・エンジニアリング・タスク・フォース)がRFC2002として概要を発表した。現在,詳細な仕様の標準化作業が進められている。

 現在,iモードなど,いわゆるブラウザ・フォンでも,移動しながらインターネット・サービスを利用できる。これらの携帯電話機は,現在はIP通信をしていない。携帯電話網とインターネットを接続するゲートウエイを,各携帯電話事業者が用意しているのでインターネット・サービスを利用できる。しかし今後,アプリケーションや使い方によっては,携帯電話を使いエンド・エンドでIP通信をする「オールIP化」が必要となる可能性もある。そうなれば,モバイルIPの出番である。

なぜモバイルIPが必要か

 IPアドレスは,文字通り,IPネットワーク上のパソコンなどのアドレスである。パケットにあて先のパソコンのIPアドレスを記述しておけば,ルーターがそのルーティング機能によってパケットを送り届けてくれる。IPネットワークのどこに接続しても,物理的につながっていれば,通信は可能のように思える。ところが,ネットワークの運用管理やルーティングの効率化の観点から,現実のIPネットワークはこのようなことはできない構造になっている。

 運用管理の効率化などのために採用されているのが,サブネットという方法である。32ビットのIPアドレスのうち,上位何ビットかをネットワーク・アドレスとして,ネットワーク単位に割り当てる。残りの下位ビットは,そのネットワークで自由に割り当て,管理できる。このネットワーク単位がサブネットである。こういったサブネットという方法があるため,ISPや企業など,それぞれがネットワークを構築し,IPアドレスの割り当てなどを管理できる。

 サブネット内では,ネットワーク・アドレスが同じで,それ以外の下位ビットが異なるパソコンや通信機器が接続される。企業内のIPネットワークは,いくつかのサブネットの集合体である。その企業内IPネットワークをいくつも接続するISPのネットワークもサブネットである。

 サブネット間を接続するのがルーターの役割である。ネットワーク・アドレスが同じIPアドレスを持つサブネットという構成を採ることで,ルーターの処理負荷は大幅に軽くなる。ネットワーク・アドレスだけ,つまり上位何ビットかだけを見てルーティングすればよいからだ。

 このため,パソコンなどを違うサブネットに接続しても,もとのIPアドレスのままでは通信できない。ネットワーク・アドレスが異なるからである。通信するには,そのサブネットが管理するIPアドレスに設定し直す必要がある。

 DHCP(動的ホスト設定プロトコル)を使えば,異なるサブネットに接続したときにIPアドレスを設定し直すのは容易である。しかし,無線LANなどを使って通信を継続しながら,異なるサブネットに接続し直すのは不可能である。通信の途中でIPアドレスが変わってしまったのでは,IPパケットを届けようがない。

 そこで考えられたのが,接続するサブネットが変わっても同じIPアドレスを使い続けられるモバイルIPだ。

IPパケットを移動先に転送

図1●モバイルIPは,異なるネットワークに移動しても同じIPアドレスでホーム・ネットワークと通信できるようにするための技術
移動ノードがどのネットワークに移動しても,ホーム・ネットワークにあるホーム・エージェントに,パケットをどこに転送すれば受け取れるかを通知できることで実現している。
 モバイルIPは,パソコンが移動したら,もともと接続していたサブネットから移動先のサブネットにIPパケットを転送する仕組みである(図1[拡大表示])。

 モバイルIPを使うには,3つのコンポーネントが必要となる。「移動ノード」,「ホーム・エージェント」,「外部エージェント」である。移動ノードは,異なるサブネット間を移動するノート・パソコンなどである。ホーム・エージェントは,移動ノードがもともと接続していたサブネット「ホーム・ネットワーク」に設置する。移動先のサブネット「外部ネットワーク」に,外部エージェントを設置する。移動ノードがホーム・ネットワーク,外部ネットワークで割り当てられたIPアドレスをそれぞれ「ホーム・アドレス」,「外部アドレス」と呼ぶ。

 3つのコンポーネントが必要になるものの,それ以外は通常のIPネットワークがそのまま使える。

 移動ノードが移動して別のサブネットに接続すると,まずそのサブネットのIPアドレスを取得,設定する。次に,外部エージェントがブロードキャストするICMP(インターネット制御メッセージ・プロトコル)の広告メッセージを見て,外部エージェントのアドレスを知る。そして,外部エージェントを通じて,ホーム・エージェントにパケットを転送するよう登録する。ホーム・エージェントは,移動ノードあてのIPパケットが届くと,外部エージェントにそれを転送する。

 このとき,ホーム・エージェントは, オリジナルのIPパケットをホーム・エージェントから外部エージェントへのIPパケットにカプセル化して転送する。つまり,あて先に外部アドレス,送信元アドレスにホーム・エージェントを記述したIPパケットに,オリジナルのIPパケットを搭載する。外部エージェントはカプセル化を解除して,パケットを移動ノードに転送する。

 ホーム・エージェントは企業内など,ユーザーが所属するネットワークに置くため,設置しやすい。しかし,外部エージェントはISPなど第三者のネットワークに設置する必要がある。このため,移動ノードがモバイルIPのクライアントと外部エージェントの両方を実装してもよいことになっている。


次回(下)へ続く