社運を賭けた戦略的IT(情報技術)投資はどのようなプロセスで決断されたのか。どのように経営戦略と情報システムの方向性を一致させたのか。JCBの次世代基幹システム開発の背景を探った。

JCBが発行する多様なカード。左側に見えるのはICの端子
●JCBの次世代基幹システムの特徴
●次世代システム開発に至る経緯
 「このプロジェクトには社運がかかっている。開発が遅れれば遅れるほど、高いシステム維持費が大きなリスクになる」(三宮維光・業務統括部次世代インフラ構築グループ担当部長)

 JCBは昨年9月、次世代システムの開発着手を発表した。2007年度までに、カード会社にとって不可欠な会員管理、加盟店管理など、ほぼすべてのシステムを置き換える。投資額は約500億円に及び、JCBにとって過去最大の投資案件になる。

 新システムの検討は2003年の年初から始まった。直接のきっかけは技術的な必要性だった。現行システムは1989年稼働と古く、改修を重ねた結果、保守・運用費がかさんでいた。世代遅れのシステムでは、クレジットカードのIC化や、デビット、電子マネーなど決済方式の多様化にも対応しづらかった。

 このころ、JCBは将来のあるべき姿を描いた「経営ビジョン2010」を策定した。そこではクレジットカードにとどまらない「決済総合ソリューション企業」というビジョンを掲げ、新規ビジネスの数値目標も取り入れている。

 そこで、このビジョンをシステム設計のポリシーに「翻訳」する作業を進め、2カ月でA3用紙約30枚の「基本方針定義書」を作り上げた。多様な決済方式に対応することのほか、同業他社との共同利用を促すため、他社がサービス内容を自由に設定できるような設計にすることなどを盛り込んだ。

 さらに約10人の部門横断チームで、基本方針に沿って大まかなシステム要件を策定。2003年12月には「次世代インフラ構築基本計画書」を作り上げ、投資の実行が決定された。

 ゼロベースから新システムを立ち上げるため、投資額は膨大になる。約500億円という投資規模の妥当性を判断するうえで、保守・運用費の削減と、将来的なシステムの導入効果の2点を考慮した。

 保守・運用費は、現行システムで実際にかかっている費用と、新システムにおける費用の見込みを計算。導入効果については、「経営ビジョン2010」でコミット(約束)している新規ビジネスなどによる収益増の数値を使って、シミュレーションを行い、適正な投資規模を割り出した。

 「基本計画書」の実施内容と投資想定額はこのシミュレーションに見合うものだった。さらに、財務的な余力があることや、業界再編の動きが顕在しつつあった経営環境などもあり、「経営陣からそれほど異論は出なかった」(三宮部長)という。単に技術的な必要性から投資を実行するのではなく、ビジョン実現のためだと明確に位置付けたことが、経営陣の納得感を生んだといえる。

1000の業務フローを可視化

 その後、昨年1月からは、役員が集まる「次世代インフラ推進委員会」を設置し、月1~2回会合を開きながら、システムの要件定義を進めた。

 この際に、「BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)推進室」という組織を設置。約4カ月かけて、社内の全業務を1000に分け、それぞれ現行の業務フローを詳細に分析。加コーレル社の「iGrafx」という業務プロセス記述ツールを使い、どんなスキルを持った人がどんな書類を扱い、どのような判断をしているか、といったことをすべて図式化した。

 すると、「書類の移動が多過ぎる」「この判断プロセスは省略できる」といったことが見えてくる。これを要件定義に反映させた。

 それでも、現場からは「こういう画面や帳票が欲しい」といった要望がどんどん出てくる。しかし、「みんなに意見を聞いても、なかなか進まない。半ば一任してもらう形で、どんどん要件を捨てた」(三宮部長)。

 既にビジョンを「基本計画書」に落とし込むという前段階は済んでいる。ビジョンと関係ない機能はなくすことにした。

 逆に、ビジョン実現に不可欠な要件は追加した。例えば、クレジット、デビット、電子マネーなど方式を問わず、決済処理の仕組みを共通化することにした。決済総合ソリューションを掲げるとき、「加盟店から見れば、クレジットでも電子マネーでも、同じ決済」(三宮部長)だからだ。

 クレジットの与信は大まかな枠で管理すれば十分であるため、従来は1000円単位で処理していた。これを電子マネーなどと共通化するために1円単位で処理すれば、システムの負荷は増えてしまうが、ビジョンに合致した要件だとして許容した。

 こうして、昨年10月までに要件定義が完了し、開発に着手した。

同業他社との共同利用も決定

 システムを他社と共同利用するという戦略については、既に今年2月に、日本信販とUFJカード(東京・千代田、両社は10月をメドに合併予定)がJCBの新システムを採用することで合意している。

 他業界では、こうした共同利用パッケージの開発を、事業会社ではなくシステムベンダーが担うケースが多い。しかし、三宮部長は「カード会社の将来のビジョンは、カード会社にしか描けない」と言い切る。ビジョンと密接に連動したシステムを具現化したという自負がにじむ。

清嶋 直樹
出典:2005年6月号 208ページ
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