私は,学歴というものをあまり尊重しない。強いて言えば,時間もお金もかけて専門性の高い勉学に励んできたのだろうから,スターティング・ポイントが違っていたとしても納得できるという程度だ。学歴より職歴の方が信用できる。

 今から数年前のことだ。私がネットイヤーグループの日本の仕事を手伝うことになったとき,人事マネージャーから渡されたスタッフのレジュメを見て驚いた。誰もが高学歴なのだ。結果的であったにしても,学歴重視というカラーがあるのではないか。そんないやな気持ちが心の奥底に残った。

 それからしばらくして,シノさんを面接した。人柄・職歴ともに申し分のない人だった。すぐに,「執行役員として,ぜひ一緒に仕事をしていただきたい」とお願いした。当時も今も,シノさんはネットイヤーグループで唯一の高卒の経営メンバーである。

 シノさんは中学校の頃,お父様を亡くしている。そうした事情もあり,大学に行く気はさらさらなかったという。高校卒業後,大手SI会社のオペレータとしてキャリアをスタートさせた。独学でプログラミングを勉強。情報処理試験に合格し,プログラマ,システムプログラマとキャリアアップを図った。

 シノさんは,任された仕事に対して思い入れを持つ。仕事にコミットしていくなかで,自分にしかできない仕事を見つけ,それを誇りに感じる。そんな仕事人なのだ。

キャリアアップで世界を広げる

 SI会社でキャリアを積んだシノさんが次に活躍の場として求めたのは大手カード会社のシステム部門の職だった。きっかけは,SI会社がこのカード会社から業務委託を請け負っていたこと。カード会社は派遣でやってきたシノさんに,SI会社との契約が破談になるのを覚悟で転職を求めた。これは業界の掟破りの行為だが,そこまでして請われるのはエンジニアとして本望だろう。シノさんは転職を決断した。

 シノさんの強みは,目の前の仕事を最大限にコミットする一方で,自分を高め,興味の対象を広げてゆくことだ。そのカード会社は外資系企業であったため,システム関連のミーティングはイギリスからやってきたエンジニアが取り仕切り,すべて英語で進められた。コンピュータ用語を使った会話は成立するものの,微妙な意思疎通は難しい。英語ができない悔しさが募った。ふつふつと沸いてきた海外への興味も手伝って,英語の習得にのめり込む。アメリカから来たエンジニアの家庭に足しげく通い,日常の交流を重ねる中で必死で英語を覚えたという。成果は実る。世界に離散するデータセンターを統合する国際プロジェクトのコアメンバーに抜擢されたのだ。家族を連れて米国に赴任,プロジェクトを成功に導いた。

 シノさんが次の職場を求めたとき,ネットイヤーを含めて3社から採用通知が届いた。ネットイヤーのオファーは最も給与が低かった。しかも,スタートアップ。家族からは叱られるし,リクルーティング会社からはこんなリスクをとるべきでないと諭された。それでもリスク覚悟で飛び込んだのは,マーケティング戦略やプランニング立案という業務がエンジニアである自分の領域を広げられる魅力的なキャリアに映ったからだ。そして3年,シノさんは“この会社で自分の価値が出せるのだろうか,今から数年で本当のリーダーシップを発揮できるのだろうか”と悩んでいる。

自己実現と自己否定

 ネットイヤーのビジネスモデルはけっこうハードルが高い。戦略系の人がいて,クリエイティブ系の人がいて,開発系の人もいる。お互いを高めあい,尊重しあい…と言葉では言うけれど,もともとここに集まってきた人々は,ネットイヤーができる前は市場でときどき喧嘩していた関係にある。相手を尊重することは,自己否定にもつながりかねない。辛い作業だ。

 しかも,ここはスタートアップ。失敗は付き物だ。「一度の失敗で辞めちゃうような人はスタートアップには向かないのかな」と聞かれたことがある。「失敗から学ぶっていうけど,失敗しても学ばないくらい図太いのも一人ぐらいは欲しいのよ」と私。そうはいっても,シノさんは失敗しないように鍛えられたエンジニアだ。そのバリューをそのまま会社のために役立ててほしいのだ。シノさんから見れば,曖昧で,ただ前に前にと進もうとする人たちに,実現のために必要なことや落とし穴がどこにあるのかを見極めてほしいのだ。とはいうものの,異文化がぶつかり合う魅力は,それぞれが自分のものさしを変えないからこそ発揮される。

 でも,「ものさしを揃える文化」を学んできたシノさんは,どう折り合いをつけていけばいいのだろうと悩む。もしかしたらシノさんの悩みは,業務領域を広げるIT業界に共通する悩みなのかもしれない。

Geeksとは,恥かしがり屋,知的,プログラミングか電気関係のスキルがある,独自の価値感を持っている,そんな魅力あふれる人々の俗称である。

出典:2004年2月号 114ページ
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