米Apple Computerが4月28日に米国で始めた,デジタル音楽のダウンロード販売サービス「iTunes Music Store」がなかなか好評のようだ。Apple社は今週になって「サービス開始から最初の1週間で100万曲以上を売った」と発表,また同サービスのクライアント・ソフトである「iTunes 4」のダウンロード件数もすでに100万件を超えているという(関連記事1関連記事2)。

 米メディアの記事に目を通しても,同サービスに対するの賞賛の声は多く,例えばThe New York Timesのオンライン版では,「Steve Jobsはまたもや“離れわざ”をやってのけた」などとする記事を掲載している(掲載記事,閲覧には無料登録が必要)。

 “離れわざ”とまで言われると,「そんなサービスとはいったいどんなものなのだろうか?」と興味がわいてくる。そこで,筆者もさっそくiTunes 4をダウンロードしてみた。今回はこのThe New York Timesの記事をみながら,iTunes Music Storeについて考えてみたい。

■買った分だけ支払う「ペイ・パー・アルバム形式」

 まず,このiTunes Music Storeがこれまでのサービスとどこが違うのかを整理してみたい。実はこのサービスの特徴として真っ先に取り上げられているのは,技術的なことではなく料金体系なのだ。

 これまでの音楽ダウンロード・サービスでは,10ドル~20ドルといった月額利用料金を支払うというシステムが多かったが,iTunes Music Storeの場合,この料金(つまり会費)は存在せず,1曲ごと,あるいは1アルバムごとに課金するというシステムになっている。買った分だけ支払い,買わなければ一切料金が発生しないという,ペイ・パー・アルバム形式である。これは,レコード産業が始まって以来ずっと続いてきた音楽の買い方であり,消費者に最もよくなじんでいるという。

 既存のサービスでは事実上,楽曲を「買う」のではなく「レンタルする」という形であったこともThe New York Timesの記事では指摘している。顧客がダウンロードした楽曲を聞き続けるには,会員契約を継続しなければならないからだ。しかしそれには年間120ドル~240ドルほどかかってしまう。CD-Rなどに焼くことは一部のサービスで許しているとはいっても,それには追加料金が徴収される。つまり,これまでのサービスは,料金が高く,複雑で,制約が多い,という状態だった。

 こうしたことから,「今までのサービスは衰退に向かっている。それは消費者の利益ではなく,レコード会社の利益を優先して考えられたシステムだからだ」というのがThe New York Timesの記事の見解なのだ。なお,これまでのサービスがどうしてレコード会社の利益を優先しているのか,ということについてはIT Proの別記事で詳しく述べられている。まだ読まれていない方は,是非ご一読いただきたい。

■初めて尽くしのiTunes Music Store

 さて,こうしたことも含めて,iTunes Music Storeには「初めて」が多い。会費をとらないサービス形態もそうだし,1曲の価格が99セント,アルバムの価格は9.99ドルとなっており,音楽CDよりも安く提供されるのもこれが初めて。携帯型音楽プレーヤ「iPod」への転送やCDの作成など,ユーザーが楽曲を購入したら,普通やってみたくなるようなことに対する規制も緩く,こうしたことも初めてといってよいだろう。

 同サービスにも,作成するCDの枚数制限が存在するが,それは「連続して10枚まで」というきわめて緩いものになっている。しかもそれは同じ曲順の場合に限られるのだ。つまり曲順さえ変更すれば,同じセレクションで11枚以上のCDが作成できる。同じものを大量生産できないようにする程度の制限にとどまっているというのが特徴になっている。

 また,利用できるパソコンの台数を「最大3台」としたのもこれが初めてである。これは,ユーザーが,自宅のパソコン,移動中のノート・パソコン,職場のパソコンと,3つの場面で同じ楽曲を聴けるようにすることを考慮している。新しいパソコンを購入し,利用できるパソコンが4台になってしまった場合は,どれか1台のiTunes 4上で,認証を解除すればよい。

 この認証とは,パソコンと楽曲を結びつけた情報で,楽曲を一度でも再生すると自動登録される仕組みになっている。4台目のマシンで再生したい場合は,例えば3台目のマシン上でこれを解除してやればよい。操作はiTunes 4のメニューで「認証を解除」を実行するだけと簡単だ。すると情報はiTunes 4を介して,Apple社のサーバーに送られる。こうすることで楽曲は3台目のマシンでは再生できなくなるが,4台目では再生できるようになる。

 また購入した楽曲は,ネットワークにつながっているパソコン同士で,ストリーミング方式で共有できる。つまり誰かのパソコン上にある音楽ファイルを自分のパソコンで聴くことができるのだ。これは,iTunes 4に搭載されているApple社のネットワーク自動検知/設定技術「Rendezvous」によってスムーズに行えるのだが,こんな楽しみ方ができるのもこれが初めてだろう。

 なおこの場合,曲が流れている間は,パソコン同士は常につながっていなければならない。ここが音楽ファイルのコピーとは異なる点である。またこの共有機能は,「同じサブネット・アドレスが割り当てられている最大5台のパソコンに有効」という制限がある。従って,iTunesによる不特定多数に向けたインターネット放送局を開設することは不可能である。

■音楽CDを買うような体験

  画面●iTunes Music StoreにアクセスするためのiTunes 4 クリックして拡大表示

 iTunes Music Storeは,デジタル音楽再生/管理ソフトであるiTunes 4の一画面で提供されるサービスなのだが,さっそく使ってみた感想は,「操作性がスムーズ」ということ。ただ残念ながら,現在のところ米国でのみで利用可能になっている。つまり米国在住でなければだめなのだ(具体的には米国内に課金住所を持つクレジット・カードがあればよい)。

 ただし米国以外からでも,サービスへのアクセスは可能で,楽曲やアルバムの検索,ジャンル別の閲覧など,購入以外のことは何でも行えるので,体験してみてはいかがだろうか(画面)。

 検索結果が100曲までしか表示されないという難点はあるものの,CDのジャケットや関連情報も表示されるし,まるで音楽CDを実際に購入するのに近い体験ができる。表示される楽曲はクリックすればその場で30秒間試聴できる。これは実店舗のサービスを上回っているといえるだろう。

■AACはWindows Media Audioの脅威になるのか

 楽曲の購入もシンプルである。各楽曲のところにある「BUY SONG」あるいは「BUY ALBUM」というボタンを押せばよい。実際に購入すると,AAC(Advanced Audio Coder)と呼ぶアルゴリズムで圧縮された音楽ファイルがダウンロードされる。AACは,ドイツFraunhofer IISや米Dolby Laboratoriesなどが開発した技術。MPEG-2やMPEG-4の音声圧縮技術として使われており,NTTドコモがFOMAなどに向けたコンテンツ配信サービスにも採用している。

 Apple社によれば,AACで圧縮されたファイルは、同じビット・レート,またはそれ以上のビット・レートで圧縮されたMP3ファイル以上の音質で再生できるという。「例えば128kbpsのAACファイルは,160kbpsのMP3ファイル以上の音質で再生できる」(Apple社)という。

 つまり,音質が同じなら,MP3ファイルより低いビット・レートで圧縮でき,ファイル・サイズも小さくなる。同じ容量のハード・ディスク内により多くの音楽が保存できることになる。

 なお,MP3よりもファイル・サイズが小さくなり,しかも音質が向上するという点では,米Microsoftが強力に普及促進に努めている「WMA(Windows Media Audio)」も同じである。つまりAACはWMAのライバルということになるのだが,このことについて,米メディアでは,「今後のWMAの存在が危ぶまれるのではないか」といった報道もある(掲載記事)。

 もちろんiTunes Music Storeは現在のところ,Macinoshユーザーだけに提供されているもので(しかもMac OS Xの新しいバージョンでなければ使えない),そのシェアの圧倒的な差からWMAを脅かすものにはなり得ない。しかし,Apple社がWindowsで利用できるiTunesの開発を進めているという話もある(掲載記事)。それが実現し,もしiTunes Music Storeの人気が今のペースで高まり続けた場合には,そのようなこともなきにしもあらずかな,と思う。

■三位一体で誕生したサービス

 このiTunes Music Storeは,iTunesという既存ソフトの活用,レコード会社の幹部を説き伏せたJobs氏の交渉力,そして,デジタル音楽プレーヤであるiPodの存在,の3つが重なって実現したサービスといえる。iTunesではWebブラウザのようなクライアント機能を設け,デジタル・コンテンツのEコマースを実現した。さらに同ソフトとApple社のサーバーによって料金徴収,デジタル著作権の管理を行っている。そして,Jobs氏の力で2万曲の提供が実現した。Apple社がiPodというハードウエアを自社製品として持っていたことも大きな要因だった。

 Apple社は5月6日に,iTunes Music Storeの提供楽曲を新たに3200曲追加するという計画を発表しており,今後もますます楽曲数を増やしたい考えだ。しかし,Jobs氏の力をもってしても,まだすべてのレコード会社/アーティストを説得できたわけではない。例えばThe Backstreet Boys, The Beatles,Britney Spears,Madonna, Metallica,The Rolling Stonesといった大物の楽曲はまだ提供されていない。ただしThe New York Timesの記事によれば,これらはまだほかのオンライン・サービスにも登場していない。もし,これらのアーティスト/企業を説き伏せることができるサービスがあるとするならば,それはiTunes Music Storeであろう,と記事では言っている。

 なお,同記事では,「(Jobs氏は)過去にコンピュータの画面から“暗号のようなコマンド”(DOSコマンドのこと)を排除したが,今度はデジタル音楽サービスの世界で同様のことをやった」とも説明している。どうやら,iTunes Music Storeを,Apple社が1984年に世に送り出したMacintoshと同列に位置づけているようだ。これまでのデジタル音楽配信サービスでは,ユーザーは不法コピーしかねないものと位置付ける嫌いがあった。iTunes Music Storeでは,ユーザーの自由度を高め,そうした「不快な部分を取り除いた」という点がMacintoshと同じなのだという。

 おそらくiTunes Music Storeにはそれだけの可能性があるのかもしれない。しかしそれは,レコード会社をはじめとする大手企業が今後どのように行動するかにかかっている。Microsoft社だって黙って見てはいないだろうし,遅かれ早かれこの先,オンライン音楽業界やレコード業界の形態は変わっていくのだろうが,そうなった場合,そのときに業界の主導的立場にいるのはApple社でないかもしれない。しかし,たとえそうであったとしても,今回Apple社が始めた“実験”は大変意義深いものであろう。今後,各社がどう反応していくのか,要チェックである。

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