アメリカの音楽業界が,またも一般消費者を狙った大規模な訴訟を起こす。今回は532人を起訴するという。いずれも,いわゆるファイル交換サービスを使って大量の海賊版音楽を取引しているヘビー・ユーザーだ。

 そんな悪いことをしているのだから,必ずしも「一般」消費者という表現は適切ではないかもしれない。しかし海賊版を取引する“サイバー闇市”の利用者数は,アメリカ国内だけでも5,6千万人に上ると言われるから,これはもう「ごく普通の人たち」と呼んで差し支えないだろう。532人はその中から,たまたま抽出された人たちに過ぎない。つまりレコード業界は,下手をすれば一般大衆を敵に回す覚悟を固めて,自らの利益を守ろうとしているのだ。

昨年6月以来,訴訟の効果は大きい

 こうした訴訟は,これまでのところ,如実に成果を上げている。昨年,全米レコード協会(RIAA:Record Industry Association of America)が最初に一般消費者を告訴した時は,261人を狙い撃ちにした。その後,もう一度同様の訴訟を起こし,結局これまでに全員で380人あまりを告訴した。このうち220人以上の被告が和解に応じ,一人当たり3000ドルくらいの和解金をRIAAに払った。

 もちろん,そんな端金はレコード業界から見ればどうでもいい事だ。重要なのは,このおかげでファイル交換サービスの利用者が激減したことだ。RIAAの調査によれば,昨年6月以降,1日当たりのファイル交換サービスの利用者数は75%も減少したという。これは多少,誇張された数字かもしれないが,Nielsen NetRatingsによる調査でも,世界最大のファイル交換サービスKaZaAの月間利用者数が6月の700万人から,11月には320万人にまで落ち込んでいる。やはり利用者は訴訟に恐れをなしたと見るのが妥当だろう。

 さらに重要なのは,これを受けて長期にわたる米レコード業界の売上げ減少に,ようやく歯止めがかかる気配が見えたことだ。Nielsen SoundScanの調査によれば,昨年第4四半期にレコード産業全体の売上げは前年同期比で5.6%増加したという。四半期業績とはいえ,4年ぶりに増加に転じたのだ。また通年でも,昨年の売上げは前年比で0.8%減と,ようやく底が近づいてきた感がある。

 レコード業界の業績回復と,訴訟によるサイバー闇市つぶしの間に,直接の因果関係はあるだろうか。恐らく強い因果関係が存在するだろう。何より,あまりのタイミングの良さである。昨年までの米レコード業界は毎年10%近く売上げが減少していたのだ。それが訴訟後は,いきなり5.6%増となると,それによる影響であるとしか思えない。

 今回,RIAAが再度の訴訟に踏み切ったのは,ここに来てファイル交換サービスの利用者が増加傾向に転じたからだ。米NPD Groupの調査によれば,昨年11月のファイル交換サービス利用者は9月の数字より7%増加し,1200万人を記録したという。つまり,最初の訴訟から3カ月も経つころには,増加に転じていたのである。ちょっとでも手を緩めると,音楽マニアはサイバー闇市へと舞い戻ってしまうようだ。

 結局,レコード業界としては,モグラたたきのように,常に訴訟で相手をたたいておかないといけないのだ。それにしても,訴える相手が誰であるかもハッキリわからず(RIAAは訴訟相手のIPアドレスだけを知っている),しかも本質的には5,6千万人を相手にした訴訟である。いつまで,こんなことを続けるつもりだろう。根本的な問題から目をそむけた,究極の対症療法と批判されても仕方あるまい。何だかあきれてしまう。

米国とちがい,日本のレコード産業は低迷の原因がハッキリしない

 さて,ここまで海の向こうの話を長々と紹介してきたが,もっと心配なのは日本の状況だ。今月22日に日本レコード協会が発表した統計によれば,オーディオ・レコードの生産金額は2003年には前年比で10%減少し,3997億円にまで落ち込んだ。98年をピークに,これで5年連続の大幅下落である。ピーク時には6074億円だったから,その当時に比べると35%も落ち込んでいる。

 アメリカの場合,低迷の原因が(恐らく)ファイル交換サービスを使った海賊版のやり取りにあると分かっているから,まだ救いようがある。対症療法でも構わないから,訴訟でそれをたたいて時間稼ぎをする間に,他の手を打つこともできる。実際,米レコード産業の業績低下には歯止めがかかった。その間に,アップルの「iTunes Music Store」がオンラインで3000万曲を売り上げたように,次世代のビジネス・モデルが誕生しつつある。

 しかし日本のレコード産業の場合,低迷の原因が今一つハッキリ特定できないのだ。例えばファイル交換サービスの影響は,日本では微々たるものだ。昨年末に東京地方裁判所がファイルローグの運営会社「日本MMO」に損害賠償命令を出したが,このサービスは最盛期でさえ,月間数万人の利用者を抱えていたに過ぎない。もちろん国境のないインターネット上の話だから,KaZaAやGroksterを利用する日本人もいることはいるだろう。しかし仮にそれらを勘定に入れたところで,その数は誤差の範囲にとどまると見られる。パソコンとインターネットを使った海賊版漁りは,なぜか日本人の性格と合わないのだ。

 このように,誰の目にも明白な悪者がいないから,攻撃相手がみつからない。だから日本のレコード業界は,ズルズルと業績低下に歯止めがかからないとも言える。

 恐らく,よく言われるように,日本の音楽売上げの足を引っ張っているのは,「貸しレコード」の普及であろう。かつてのカセット・テープの時代なら,音質の劣化やコピーの煩わしさなど,様々な物理的拘束のおかげで,音楽のコピーに歯止めがかかった。しかしMDやブランクCDのような,デジタル・メディアでは,この拘束が消えたために,歯止めも失せてしまったのだ。そして貸しレコードは合法だから,音楽業界としても今さら手の打ちようがない。

 しかもアメリカのように,オンライン・ビジネスへと転換する業界の構造改革もほとんど進んでいない。ここまで日本のレコード会社のオンライン事業は,ほんとうに形ばかりだ。日本の音楽産業は,アメリカ以上に危機的状況に追い込まれている。