携帯電話の800MHz帯を巡る参入議論で総務省と対立,直収電話「おとくライン」の大掛かりな勧誘とトラブル発生,そして水面下で着々と準備を進める携帯電話と固定電話の融合――。2005年に入っても,ソフトバンクは全面展開の手を緩めない。その一方で,あまりにも急激な拡大路線によるほころびも見え始めた。総合通信事業者ソフトバンクは何を考え,どこに向かおうとしているのか。日経コミュニケーションでは,本日から一週間にわたって描いていく。

総務省の会合で激怒した孫社長

 「技術的な問題から800MHz帯で新事業者の参入は認められない」――。1月25日,東京・霞ヶ関の総務省で開かれた会合で,総務省はこう発言した。名前こそ出さなかったものの,総務省が事実上ソフトバンクBBの800MHz帯参入が不可能であることを明らかにした瞬間だ。

 会合の名は「携帯電話用周波数の利用拡大に関する検討会」。ソフトバンクBBの孫正義社長が猛烈に希望する800MHz帯での携帯電話事業参入の可否を議論するために,総務省に半ば強引に開かせた会合だ。この日,傍聴席に陣取った孫社長の表情は,総務省の方針を聞き,みるみる怒りに満ちたものに変わる。「静かに!」と座長の大声が飛ぶほど,膝を何度も叩いて抗議した。

 孫社長の傍聴の目的はもちろん,会合でソフトバンクBBの800MHz帯参入が受け入れられることをこの目で確かめること。傍聴だけのために,分刻みで組まれているスケジュールをすべて変更し,総務省に駆けつけた。ところが,結果は孫社長の思惑とは全く逆の方向に転がっていった。

 そしてその2週間後の2月8日,総務省は正式に新規事業者への800MHz帯割り当ては認めないとする方針を決定。翌9日には,総務省の諮問機関である電波監理審議会が,ソフトバンクBBが2004年12月に申請していた800MHz帯の無線局免許を却下した。この決定で,同社の800MHz帯参入への道はほぼ閉ざされたと言える。

悲願の携帯進出のために周到に準備

 「いつでも,どこでもブロードバンドを使える環境を提供したい」(孫社長)。総合通信事業者を志向するソフトバンクBBにとって,移動体通信は同社が唯一カバーできていない事業領域である。

図1●固定通信と移動体通信の融合を狙うソフトバンク
移動体通信をカバーすることでFMC(fixed mobile convergence)サービスへ布石を打つ
 これまでモバイル分野進出に向けた布石は着々と打ってきた。2004年10月に,移動体事業全般を統括する企画会社「BBモバイル」を発足させ,携帯電話サービス開始に向けた準備に余念がない。まだ企画会社であるにもかかわらず,社員の総数は約200人に上る。J-フォン(現ボーダフォン)の「写メール」や,90年代前半に大流行したポケットベルのサービス開発メンバーなど,他事業者から様々な人材をかき集め,新規参入に向けた事業戦略を練る。単純な「料金の安い携帯電話」にとどまらず,セット料金や同じ販売代理店での販売,コンテンツの共有など,固定と携帯の融合サービス,いわゆるFMC(fixed mobile convergence)サービスを提供する腹づもりだ(図1[拡大表示])。「デビューが大事だと思っている。世の中をあっと言わせるサービスを提供したい」。BBモバイルを率いるソフトバンクBBの宮川潤一取締役も自信満々に語る。

 だが,ソフトバンクBBが携帯電話サービスを提供するために必要なのが周波数。今回の800MHz帯でも,結果として「利用できる周波数帯がない」という壁を崩しきれなかった。

2GHz帯よりも有利な周波数でサービスしたい

 そもそも,これほどまでソフトバンクBBが800MHz帯を熱望するのは,電波の伝播特性が良く,携帯電話に適した周波数帯だからだ。NTTドコモのFOMAなどが利用する2GHz帯よりも電波の到達範囲が広く,無線基地局の設置数もその分,少なくて済む。結果として投資コストを抑えられる。「携帯電話は今やライフラインであり,あらゆる場所でつながることが必須条件。だが2GHz帯で展開すると,山間部など電波の届きにくい場所が必ず出てくる。そういうエリアをカバーするためにもぜひ800MHz帯を利用したい」(宮川取締役)。

 もっとも理由はそれだけではない。背景には,過去様々な周波数帯での携帯電話事業に参入を試みたものの,いずれももくろみ通りに行かず,計画変更を余儀なくされてきた事情もある。

 その結果たどりついた先が「800MHz帯」だった。

「関係者だけで周波数の使い道を決めている」

 800MHz騒動の直接のきっかけは,2004年8月6日に総務省が発表した「800MHz帯におけるIMT-2000周波数の割当方針案」。同案には,800MHz帯の再編に当たって現在800MHz周波数帯を利用しているNTTドコモとKDDI(au)が,再編後も引き続き周波数を利用できることが明記された。

 「この機会を逃せば一生800MHz帯は取れないかもしれませんよ」――。側近のささやきに,当時ちょうど800MHz帯が携帯電話に適した帯域であることを知った孫社長は,総務省の動きを阻止すべく即座に行動に移る。

 9月6日に急きょ報道陣を集めて緊急会見を開き,「我々も800MHz帯での参入を希望していたのに,方針案では既に事業者がNTTドコモとKDDIに決まっている」と爆発。「総務省は2社に決めた理由を明らかにせず,当事者だけで国民共有の周波数の使い道を決めている」と非難した。大手新聞に意見広告を打ち,国民に方針案へのパブリック・コメントを提出するよう呼びかけた。

 あの手この手で世論を喚起した効果は大きく,総務省も事態を無視できない状況になる。方針案にはパブリック・コメントが殺到。3万通を超える意見が集まった。その大半が「ソフトバンクBBを新規参入させるべき」とする意見だった。結局,総務省はNTTドコモやKDDIまで巻き込んだ検討会を開催せざるを得なくなり,再編案の進行は一時凍結状態に陥った。

「再編の手続きはオープンだ」と憤る総務省

 総務省にとっては,ソフトバンクBBの突然の800MHz帯要求は“寝耳に水”の出来事。というのも,「800MHz帯の再編は手続きを踏んでオープンな形で進めてきた」との自負があるからだ。

 総務省からすれば「再編案は,何年もかけて関係者と議論してきた経緯がある。それを,途中から入りたいから議論をやり直せというのはあまりにも乱暴」との思いが強い。「再編は,新しい周波数を用意するためでもある。再編後にはソフトバンクBBにも新たな周波数を利用できるチャンスがあるのだ。だが今のソフトバンクBBの行動は,単にその機会を遅らせるだけ」と総務省は憤る。

 もっともソフトバンクBBは,「800MHz帯の再編自体には反対していない」(宮川取締役)。「納得がいかないのは,暗黙の了解で割当事業者が決まっていること。もっとオープンなルールで割当事業者を決めてほしい」と主張する。

 これに対して総務省は「NTTドコモやKDDIと話し合っているのは,再編の当事者である以上,当たり前のことではないか。意図的に他の事業者を拒んできたわけではない。それを密室で決めていると言われてはかなわない」と反論。両者の主張は全く相いれない。

TD-CDMAから突然方針を変更

 ただし,「なぜ急に800MHz帯に執着するようになったのか」という総務省の疑問は至極当然。なぜならソフトバンクBBは,それまでTD-CDMA(time division-code division multiple access)と呼ぶ方式での携帯電話事業参入に注力していたからだ。

 TD-CDMAは,NTTドコモやKDDIなどとは異なる第3世代携帯電話の通信方式。日本では割り当てられていない2.010G~2.025GHz帯を利用する。まだ使われていない周波数帯を知った孫社長は2003年12月に無線基地局の実験免許を取得し,翌月からすぐに実証実験に乗り出した。ソフトバンクBBの働きかけに押される形で,総務省は同周波数帯を利用する通信方式実用化のための作業班を設置。技術条件の検証に入った。

 だが,ソフトバンクBBが期待していたTD-CDMAの実用化は予想以上に難航する。当初,W-CDMA(wideband-CDMA)やCDMA2000よりも無線基地局の調達費用が安く,インフラ整備にかかる投資が少なくて済むと考えられていた。ところが実際は想定以上に基地局の数を増やす必要があり,投資額は結局W-CDMAやCDMA2000とほとんど変わらなかった。電波の直進性が高い2GHz帯は,予想以上に電波が飛ばなかったのである。結局,TD-CDMA方式では孫社長が公約する「既存の携帯電話事業者のサービスよりも料金を必ず安くする」ことができない公算が高まってきた。

 TD-CDMAでの実験を通して,孫社長の印象に痛烈に残ったのが周波数帯。「なぜKDDIのauとNTTドコモのFOMAでは,同じ場所でもFOMAの方がつながりにくいのかと聞かれたので,800MHz帯を使うauと2GHz帯を使うFOMAでは電波の到達距離が違うと解説した。実際,その後孫社長は800MHz帯を強く意識するようになった」。ソフトバンクBBと取引のあるメーカーの首脳は証言する。

 総務省の方針案が出た2004年8月6日は,まさにそんな時期だった。「方針案に『800MHz帯の再編』と書いてある以上,新規事業者にも割り当てを受けるチャンスはあるはず」と孫社長は踏む。しかも「うまく800MHz帯が使えれば,2007年にもサービスを提供できる」(宮川取締役)と知ったソフトバンクBBは,総務省への“実力行使”を決意。意見広告や訴訟などの一連の行動につながっていった。

次なる戦場は1.7GHz帯

 だが,冒頭に紹介したように総務省はソフトバンクBBの申請を却下した。これに対して孫社長は「まだまだ戦う」と意欲を見せる。総務省が却下した800MHz帯の免許申請は,ソフトバンクBBが不服申し立てを行えば,再び審議をしなおすことも可能だ。ソフトバンクBB幹部は「(不服申し立ても含めて)様々な戦略を練っている」と明かす。

 とはいえ,800MHz帯での参入が困難を極めるのは事実。多くの通信業界関係者も,すでに勝負はあったと見る。ソフトバンクBBの最終目的は携帯電話事業。800MHz帯にこだわるあまり,携帯電話事業への参入が遅れてしまっては元も子もない。

 ソフトバンクBBは,新規に割り当てが予定されている1.7GHz帯での勝負に賭けざるを得なくなってきた。

(蛯谷 敏=日経コミュニケーション

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●(1) 孫正義社長が800MHz帯にこだわる理由
●(2) それでも消えないボーダフォン買収の噂
●(3) 新たな主役「おとくライン」を巡る騒動
●(4) 存在感に乏しいFTTH,次の一手は
●(5) 意外に知られていない「1兆円企業」の人と組織