ITの可能性は無限。情報システムによって業務を効率化したり、競争力を高める余地はたくさん残っている――。日経コンピュータが主催する「第7回情報システム大賞」の応募システムをみると、こうした思いが自然と浮かんでくる。
 最終的に9社・団体を受賞システムに選んだ。いずれもフロンティア・スピリッツ(開拓者精神)を忘れずに、ITの可能性を追求し続けたことが、栄冠に結びついた。

(栗原 雅、鈴木 孝知、広岡 延隆)

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 国内で情報システムの導入が本格化してから四半世紀余りがたった。ほどんとの企業は、すでに中核業務の情報化を終えている。SCM(サプライチェーン管理)やCRM(顧客関係管理)といった新規の戦略案件はあるものの、基幹系システムの枠組みはこのところ大きくは変わっていない。このため、一部の企業からは「中核業務のシステム化はやり尽くした」という声も出ている。

受賞企業一覧

 本当にそうだろうか。企業を取り巻く環境が変化したのに、昔の発想でシステムを使い続けていないか。これまでの常識にとらわれて、ITの潜在能力を見誤っていないか――。

顧客中心に発想を転換

 日経コンピュータは1996年から、優れた情報システムを発掘し、その成果を広く知らしめることを目的にした表彰制度「情報システム大賞」を主催している。

 第7回を迎える今年も、金融、製造、流通、サービス、公共などさまざまな業種から意欲的なシステムの応募があった。中堅・中小企業の応募も多かった。最終的な応募数は55件に達した。

 一つひとつの応募案件を見ると、中核業務にかかわる基幹系システムを「顧客中心」の発想から、新規または再構築した事例が多いことに驚かされる。

 現在動いている基幹系システムのほとんどは、モノやサービスを提供すれば売れる“右肩上がり”の時代に作られたものだ。その主目的は、業務の効率化/合理化だった。いくら機能追加や改修をしてきたとはいえ、こうした“古い”基幹系システムでは、今のデフレ状況は乗り切れない。「顧客」の視点で業務やデータの流れをとらえ直す必要がある。

 顧客中心の発想で考えると、システムの位置づけや機能は自然と変わってくる。今回、グランプリを受賞した清水建設の「工事建物データベースシステム」はその代表例である。

 このシステムは同社が過去に工事を請け負った建物4万5000件の情報を一元管理するもの。最大の特徴は、同社が手がける建設工事に伴って発生する、さまざまな情報(申請書や図面など)を顧客の視点で管理することである。

 具体的には建物のライフサイクル(建築されてから取り壊されるまで)にわたってありとあらゆる情報をデータベースに蓄え、建物別に検索・参照できるようにした。つまり、1件1件の建物を自社の基幹商品とみなし、システムを構築したのである。これまで同社にとっての基幹商品は「工事」だった。申請書や図面を工事単位で管理していた。

最新ITで「不可能」に挑戦

 今回の応募案件で、もう一つ目立ったのは、最新ITを使って、これまで手付かずだった業務をシステム化した事例である。

 例えば、仙台市の中央卸売市場で荷受業を営む仙台水産は昨年10月、「競り」の現場に音声認識システムを導入した。数秒ごとに繰り広げられる競りの結果を場内にいる担当者がリアルタイムで音声入力し、認識したデータをシステムに蓄える。

 最新の音声認識技術が、騒音が鳴り響く市場の業務を様変わりさせた。いったん紙に記録した競りの結果など、1日当たり1万件前後発生するデータをシステムに再入力する手間がなくなった。同社の事務効率は劇的に向上し、市場外での営業に使える時間が1日4時間以上増えた。

9システムが激戦を勝ち抜く

 これまで情報システム大賞は、応募システムをクライアント数によって大・中・小規模に分類し、それぞれ審査していた。だが、インターネットの普及によって、不特定多数のクライアントがアクセスするシステムが当たり前になったため、今回から内容を一新した。

 経営改革への貢献度やプロジェクトマネジメントの優劣など、五つの視点に基づいて、それぞれ部門賞を選考した。グランプリは、総合的に最も優れたシステム1件に授与することにした。

 今回応募があったシステムはいずれもレベルが高く、選考は難航した。選考会の時間は予定を大幅にオーバーした。最終的に九つのシステムを表彰することが決まった。各受賞システムの詳細は、44ページ以降で詳しく紹介するが、概略を見ていこう。

 グランプリは、前述の通り清水建設の「工事建物データベースシステム」。顧客中心への発想の転換を高く評価した。

 経営改革への貢献度を重視する「経営改革賞」は、松井証券の「ネットストック」が受賞した。基幹系システムをアウトソーシングし、システムの処理量に応じて利用料を支払う契約形態を導入したことが、受賞の決め手になった。経営改革賞への応募件数は34件だった。

 応募16件のなかから、「プロジェクトマネジメント賞」を受賞したのは、ニッセイ同和損害保険の「代理店業務支援システム“WIND”」。ピーク時にはベンダー4社から500人が参加した巨大プロジェクトを緻密な管理によって遅延なく完了した。

 先進技術の活用度をみる「先進技術賞」には、東京三菱銀行の「東京三菱ブロードバンドネットワーク(BEGIN)」を選んだ。高い信頼性が要求される大手銀行の基幹ネットワークに、広域イーサネットを採用する挑戦が光った。応募24件のなかから、賞を射止めた。

情報システム大賞の概要
●優れた情報システムを発掘し,その成果を広くIT産業全体に知らしめることを目的とした表彰制度。第7回は2002年9月9日~11月15日の間、応募を受け付けた。
●応募対象システムは2001年4月~2002年10月に稼働開始した情報システム。情報サービス・ベンダーの社内システムは対象外とする。

 インターネット・ビジネスとしての先進性を評価する「ネット・ビジネス賞」は、中堅建設会社ポラスグループの「iサポート」である。顧客ごとに開設した専用Webページに建設中のマイホームの画像を毎週アップする取り組みを評価した。ネット・ビジネス賞への応募は17件だった。

 電子政府賞への応募は3件と少なかった。このため部門賞は「該当なし」とし、応募案件のうち最も優れた岩手県の「申請・届出書ダウンロードシステムならびに汎用電子決裁システム」を同部門の「特別賞」として表彰した。各種の申請書類や申込書をインターネット経由でダウンロードするシステムと、庁内のりん議システムで構成する。いずれも導入済みのグループウエアの基盤を使い、利用時のハードルを下げた。

 このほか3人の審査委員と日経コンピュータ編集部が、特に高く評価したシステム3件を特別賞として表彰した。前述の仙台水産の「音声現場入力システム」のほか、トワード物流の「統合物流情報ネットワーク」と、明和会宮田眼科病院の「総合予約システムM-Magic」を選んだ。

(中略)


グランプリ:清水建設 
顧客の視点でデータを一元管理

システム名
工事建物データベースシステム
協力ベンダー
インテック
コスモ・サイエンティフィック・システム
日本IBM
アプレッソ
翼システム
 ゼネコン大手の清水建設は今、社内の意識改革に取り組んでいる。「これまでは手がける『工事』の単位ですべての物事を考えていた」と三戸靖之取締役専務執行役員は打ち明ける。「しかし、これは自社中心の発想。お客様は当社の『工事』ではなく、『建物』を購入していることに遅ればせながら気付いた」。

「工事」から「建物」へ――。パラダイム・シフトを加速するため、清水建設が構築したのが、「グランプリ」を受賞した「工事建物データベースシステム」である。このシステムは同社が工事を請け負った建物に関する情報を一元管理するものだ。最大の特徴は、すべての情報を建物(ビルなど)の単位で蓄積・参照することにある(図1[拡大表示])。

図1●清水建設の「工事建物データベースシステム」の概要。竣工後に発生する保全や改築の受注を狙い、建物のライフサイクルの全段階にわたる情報を一元管理する

「建物」単位で報告書や図面を扱う

 システムのデータベースには、清水建設が過去100年以上にわたって建築してきた約4万5000の建物に関して、最初に建築されてから取り壊されるまでに発生した情報を蓄えてある。一つの建物を複数回の工事に分けて建築していてもかまわない。すべてのデータは建物コードでひも付けされている。

 目的の建物さえわかっていれば、手元のパソコンから関連する報告書をすべて閲覧できる。主要な図面や写真は電子データとして呼び出せる。地図情報システムとも連携し、建物の所在地を地図上に表示する機能もある(図2[拡大表示])。

 これまで清水建設は各種の報告書や図面を工事番号を使って管理していた。このため、「建物の保全や改修を依頼されても、建設時の図面を探すのが一苦労だった」と建築事業本部の中村英一 生産技術統括総務グループ長は説明する。建物の名称から関連する工事番号を検索するシステムはあったが、完全ではなかった。同じ建物がシステムに異なる名称で登録されるケースが少なくなかったからだ。図面のなかにはマイクロフィルムでしか保存されていないものもあり、取り扱いが面倒だった。

図2●工事建物データベースシステムの画面例

 新規建設需要の落ち込みもあり、同社は数年前から、既設の建物の保全や改修事業に力を入れている。「建物のライフサイクル・パートナーを目指す」(三戸取締役)。この事業を拡大するためにも、各種報告書や図面を建物単位で管理するシステムが不可欠だった。

 こうした意味で、工事建物データベースシステムは顧客中心の発想を体現したものだ。デフレ経済下のオーバーサプライヤ(供給者過剰)状態に苦しむ国内企業は、こぞって「供給者中心主義」から「顧客中心主義」への転換をうたっている。だが、システム面で「顧客中心主義」を実践できているところはそれほど多くない。

 清水建設は「今回構築したシステムは、顧客向けサービスを拡充するための基盤となる」(情報システム部の高橋康行システム開発グループ長)とみている。今後、工事建物データベースシステムに蓄積したデータを他の業務システムでも利用する計画だ。

年6000万円のコスト削減効果も

 清水建設は工事建物データベースシステムを社内のあらゆる部門で利用する。利用者数は4000人に上る。工事現場では、着工時から工事担当者や納期などの情報をデータベースに入力し続ける。同じようなデータを再入力するときは、以前入力した値をデータベースから呼び出して入力の手間を省く。役所などに申請する書類(約200種類)のひな型を別のデータベースからダウンロードする際、必要事項を所定の欄にあらかじめ埋めておく機能を用意し、記入を楽にした。

 従来手書きで作成していた竣工(完成)報告書はシステムに直接入力できるようにした。システムは入力したデータを自動的に担当部署に送信し、承認を促す。この仕組みにより、竣工報告書の起票から承認までにかかる時間が3カ月から2週間程度に短縮された。

 「一連の業務効率化を人件費に換算すると年間6000万円程度のコスト削減になる」と高橋グループ長は試算する。システム構築にかかった費用は9000万円だったので、1年半で回収できる計算だ。

業務フロー図で要件を説明

 プロジェクトの進め方もユニークだった。仕様を固める際に、ユーザー部門の声を幅広く聞いた。情報システム部は2001年5月、全国の利用者のうち3000人に対してアンケート調査を実施した。1800人から回答を得た。回答結果を基に決めた基本方針を詰めるため、全国13カ所にある支店をすべて訪問した。「今後の当社の中核となる基幹システムである上に、支店によって業務フローがバラバラだったので、一部の支店をヒアリングしただけでは要件を決められなかった」(高橋グループ長)。

 新システム稼働後の業務フローは、各部門で実施すべき操作や部門間のデータの流れを示す独自の図面を使って、ユーザーに説明した。「結果として関係部門間の調整は短期間で終わった」(情報システム部の安井昌男課長)。

 システムはすべてJavaで開発した。2001年11月から開発に着手したが、初めの3カ月間はクラス設計に費やした。「当初は動くプログラムがまったくできず、周囲には不安視する向きもあった。しかしオブジェクト指向に基づいてきちんと設計すれば、システムは必ず期日までに完成すると確信していた」と安井課長は振り返る。定義したクラス数は最終的に250になった。

 システム構築で中心的な役割を果たしたインテックは、「社内の人材をやり繰りして、Javaに詳しいエンジニア20人をプロジェクトに投入した」(アウトソーシング事業部の西野正彦システム・ソリューション部部長)。プロジェクト・メンバーの奮闘もあり、工事建物データベースシステムは予定通り2002年6月1日、全面稼働した。


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 「方法は必ずあると思って取り組め。そうすれば、きっと道は開ける」。

 これは、情報システム大賞の受賞企業・団体への取材で、最も印象に残ったコメントです。受賞企業・団体に共通するシステム構築の心構えをうまく言い表しています。発言者は仙台水産の中川連会長。

 仙台水産を取材した日、市場内にある食堂で朝食をとった際に偶然、中川会長と同じテーブルに着きました。このとき中川会長は、「これからの課題は何か」という記者の質問に、次のように答えてくれました。

 「市場でどの魚がいくらで売れたのか、ということは分かる。だが、マグロのような大きな魚が、魚屋や寿司屋で切り身になり、最終消費者にどれだけ売れたのかという情報は分からない。何とかして、こうした情報を収集して、実際の需要を把握できるようになりたい」。

 これに対して記者が「それはなかなか難しいですね」と応答すると、中川会長は間髪を入れずに「ほら見ろ、すぐに難しいといってしまう。やる前から難しいと決めつけていたら何もできないんだよ」と一喝。その後に続いたのが冒頭のコメントでした。(栗原)

出典:2003年2月24日号
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。