あなたは「ナレッジ・マネジメント」を誤解していないか。
決して3~4年前に流行った一過性のキーワードではない。
企業の競争力は、社内にある「知識」を結集して徹底活用することで生まれることを自覚せよ。
不況の突破口が見えない今こそ、本気でナレッジ・マネジメントに取り組むべきだ。

(栗原 雅、島田 優子)

Part1:最大の企業資産を活用せよ 「知力」を結集して不況に打ち勝て
Part2:苦難を恐れず前進せよ NTT東日本と国際航業の軌跡
Part3:社員を「その気」にさせよ 武蔵野とヤギコーポレーションの挑戦
欧米最新事情:「導入効果」をどのように測定すべきか?

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本記事は日経コンピュータ2002年12月2日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


Part.1
最大の企業資産を活用せよ
----「知力」を結集して不況に打ち勝て

 社員一人ひとりが持つ「知識(ナレッジ)」こそ、企業にとって最大の資産である。すべての企業が、このことをもう一度よく自覚するべきだ。

 企業とは詰まるところ「人」である。人の力が強くならない限り、企業の力は強くならない。人の力とは、すなわち「知」の力だ。社員が持つ業務ノウハウや成功/失敗体験といったナレッジを結集し、全社で活用する仕組みを作り上げること。すなわち、「ナレッジ・マネジメント」を実践することで、初めて組織として知の力を発揮できる。

 景気低迷が続くなか、企業の生き残りを賭けたコスト削減の試みは万策尽きつつある。しかも、目の前の利益確保だけを目指して安易に人員を削減しようものなら、企業は最大の資産である社員のナレッジを失ってしまう。「5~6年もすれば、『社員の数は足りているけど中身は何もない』といわれる企業だらけになる可能性だってある」。ナレッジ・マネジメントの権威である一橋大学大学院の野中郁次郎教授は、こう警鐘を鳴らす。

 手をこまねいている場合ではない。不況に負けない“強い”企業として復活するには、今こそナレッジ・マネジメントを実践し、知の力を生み出す以外に方法はない。

取り組んでいる企業も見直しが必要

 もしかすると、「当社はすでにナレッジ・マネジメントに取り組んでいる。何を今さらそんなことを言うんだ」という声が出てくるかもしれない。しかしこれまでナレッジ・マネジメントに取り組んできた企業も、見直すべきタイミングが来ている。

 1997~98年ごろ、ナレッジ・マネジメントは日本で“ブーム”になった。「社員一人ひとりが持つ知識を組織全体で活用できる」という触れ込みに多くのユーザー企業が興味を持ち、ナレッジ・マネジメントに取り組み始めた。

 ところが、実際はどうだろう。多くの企業が理想と現実のギャップに直面している。社員からナレッジを引き出し、活用するための全社的な仕組み作りには費用も手間もかかる。その仕組みの維持にも膨大なエネルギーが必要だ。なのに肝心の“使える”ナレッジが集まらない。せっかくナレッジを集めても効果的な利用方法が分からない。導入効果も表れない。気が付くと、単なるグループウエアか、日報や提案書といった文書の格納庫としか呼べないものがそこにある――。ナレッジ・マネジメントに詳しいウィズネッツの津田恭介社長は、「ほとんどの企業はナレッジ・マネジメントの潜在能力を1%も生かしていない」と指摘する。

 このことに気づいた企業は現在、ナレッジ・マネジメントの見直しを急いでいる。4~5年前からイントラネットを使って部門内の情報共有を進めてきた大日本印刷は2001年10月から、ナレッジ・マネジメントの方法を全面的に見直した。真部秀毅情報化推進部部長は、その理由を次のように説明する。「従来は部門ごとに顧客情報や技術情報を共有していた。しかし、本当に競争力を向上しようと思ったらそれでは不十分だと感じた」。

図1●ナレッジ・マネジメントの推進を阻む主な要因。今回取材したユーザー企業の証言を集めた

 なぜ、思うようにナレッジ・マネジメントが進まないのか。先進企業は口々に推進を阻む要因を指摘する(図1[拡大表示])。

“ITありき”の取り組みに落とし穴

 リクルートの水野克裕FNXディビジョン エグゼクティブマネジャーは、「そもそも何がナレッジなのかを社員が分かっていないことが問題だ」と話す。「ベテランの社員が当たり前だと思っている業務ノウハウが、実は重要なナレッジだったりする。しかし、ベテラン社員は『そんなこと知っていて当然だ』と考えており、ナレッジとして出してくれない」。

 「情報システムを導入すればナレッジ・マネジメントができる」という“誤解”も推進を阻む大きな要因だった。

 95年からナレッジ・マネジメントを推進している米フォード・モーターは、この問題に悩まされた。サンジェイ・スワラップ プロセスリエンジニアリング・アンド・ナレッジマネジメント スペシャリストは自社での経験を踏まえて、「これまで社員が最も頻繁に情報交換していた場所は社内の喫煙所だった。それを単純にイントラネットに置き換えて、『さあ情報を交換してください』といっても、ほとんどの社員は使わない」と語る。

 99年からナレッジ・マネジメントに取り組んでいる三菱化学の原木晋情報知識解析研究所部長代理も、ITありきの発想で取り組むことの危険を指摘する。「情報入力を支援するガイドラインとして、システム側で項目をガチガチに設けるのはあまりよくない。利用者側の自由がなくなると、だれも情報を入れなくなる」。

 「ナレッジ・マネジメントの導入効果を、短期的な売上高や利益への貢献だけで測ろうとする姿勢にも問題がある」と話すのは、朝日監査法人の山本哲朗KM推進室長。「ナレッジ・マネジメントの効果は長年続けてこそ出るのに、目の前のコスト効果ばかり追い求めると“期待外れ”という結論になってしまう」。

 そもそも、ナレッジ・マネジメントに取り組むことさえしない企業も少なからずある。大手電機メーカーの担当者は、「全社的にナレッジ・マネジメントに取り組む予定は今のところない」と話す。「実践しなくても業務に特に支障がない」というのが理由である。

途中であきらめてはならない

 確かに、ナレッジ・マネジメントを導入しなくても業務を遂行できてしまう。たとえ導入に踏み切ったとしても、成果を出すのは骨が折れる。だからといって、ナレッジの全社的な収集や活用を最初から避けたり、途中であきらめてはならない。「経営環境が激しく変化する今こそ、ナレッジ・マネジメントの本質を正しく理解し、取り組むべきだ。トヨタ自動車やホンダといった強い企業は皆、無意識のうちにナレッジ・マネジメントを実践している」(野中教授)。

表1●ナレッジ・マネジメントに取り組む企業の例。開始時期は原則としてシステムが稼働した時期とした

 初めのうちはなかなか効果が上がらなくても、ナレッジ・マネジメントに辛抱強く取り組んでいけば、道は確実に開ける。実際、ここに来てナレッジ・マネジメントの成果を出し始めた企業が増えている(表1[拡大表示])。([日経コンピュータ定期購読者限定ページ]で、表1の全体をご覧頂けます

 その好例がリクルートである。同社はナレッジ・マネジメントに着手した99年7月以降、何度も挫折感を味わいつつも、途中で投げ出すことはしなかった。水野エグゼクティブマネジャーは、「複数の事業部の幹部を集めて、ナレッジの収集や活用方法を協議する会議を定期的に開いた。そのときに議論が活発にならないことが何回もあった。『こんなことを続けていて本当に意味があるのか』と感じたものだ」と振り返る。

 それでもリクルートは、「ナレッジ・マネジメントは“仕事の自慢大会”だと思ってくれればいい」と営業担当者に繰り返し説いた。そうすることで、業務ノウハウなどを積極的に共有する雰囲気を社内に生み出そうとした。

 その努力は3年後に実った。少しずつ営業担当者から役立つ情報が出てくるようになり、今年3月の時点で「すべての社員が自然とナレッジを交換する文化を全社に定着できた」と、水野エグゼクティブマネジャーは満足げに話す。

若手社員が新規ビジネスを立ち上げ

 リクルート以外の企業も、一定の成果を出している。

 2000年5月にナレッジ・マネジメントを本格化したNTTコミュニケーションズでは、入社5年足らずの若手社員がほとんど一人で新規ビジネスを立ち上げることができた。「イントラネットを通じて社内の専門家や想定クライアントと親しい社員を探しだし、彼らのナレッジを活用したからこそできた」(金澤傑プロセス&ナレッジマネジメント部担当課長)。

 投資信託会社の三井生命グローバルアセットマネジメントでも、「これまでは入社5~6年目の社員でないと作成が難しかった顧客企業への運用実績報告資料を、入社2~3年目の社員が作成できるようになった」(高瀬博道経営企画グループ課長)。昨年9月から、イントラネットを使って過去の投資案件や投資判断材料、顧客企業への報告資料の共有を始めた成果である。

 ナレッジ・マネジメントを実践するにあたり、情報システム部門の役目は決して小さくない。「イントラネットやグループウエア、文書検索ソフトといったIT技術は不可欠」(大日本印刷の真部部長)なうえ、推進役でもあるからだ。全日空でナレッジ・マネジメントを推進するIT推進室の金山純氏は、自身の最大のミッションを「面白味や必要性をすべての社員に感じてもらい、自主的にナレッジ・マネジメントに取り組んでもらえるよう啓もうすること」と説明する。

 以下では、先進企業4社の取り組みを詳しくみる。

 国内企業の先陣を切って、1996年にナレッジ・マネジメントに取り組み始めたNTT東日本は、何度も大きな壁にぶち当たったものの、一度もひるむことなく一歩一歩前進を続けている。航空測量・建設コンサルタント大手の国際航業は2000年4月に取り組みを始め、途中で当初の方針を見直して目標に近づきつつある。中小企業の武蔵野とヤギコーポレーションは、一風変わったユニークな方法を採用して、社員一人ひとりが持つナレッジを引き出すことに成功している。


続きは日経コンピュータ2002年12月2日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。




 「企業の“目的”は何か」と問われて、どんな答えが浮かぶでしょうか。「利益をあげること」、「売り上げを伸ばすこと」など色々な答えがあると思います。

 経営学的にこの質問に答えるなら、「企業活動の目的は“ゴーイング・コンサーン”」です。ゴーイング・コンサーンとは、「継続可能性」という意味。「企業は倒産するような経営をしては意味がない」ということです。これは一見、当たり前のようですが、実際には目先の利益に目がいって忘れがちな概念だと思います。

 一方で、企業を構成する要素は「ヒト・モノ・カネ」+「情報」と言います。今回特集で取り上げた「ナレッジ・マネジメント」は、企業の構成要素である「ヒトと情報」を活用し、「企業を継続させるための手段」であると位置付けることができるでしょう。

 ナレッジ・マネジメントを実践しない企業は、「効果が目に見えない」、「特に必要を感じない」などの理由を挙げることが多いです。しかし、ヒトが減り、ヒトとともに情報も減り、カネ(売り上げ)も減り――と企業の存続の危うい今こそ、ナレッジ・マネジメントを実践すべき時期だと思います。

 今回、ナレッジ・マネジメントの取材で伺った企業は決して、業績の良い企業ばかりではありません。しかし、担当者の方は粘り強くナレッジ・マネジメントに取り組んでいます。今現在のナレッジ・マネジメントへの取り組みこそが、業績不振の企業を継続させ、そして業績を上向きにする起爆剤になるよう、今後ともナレッジ・マネジメントの動向を追っていきたいと思います。(島田)

出典:2002年12月2日号
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。