「新しいパソコンは速くて使いやすい」――Linuxパソコンの感想をたずねたところ,4年生の子供たちは,嬉しそうに答えてくれた。岐阜県の輪之内町立大藪小学校。ここでは,学校の授業にLinuxデスクトップ機を使用している。

学校にLinuxデスクトップ機約300台を配布

写真1
写真1●岐阜県輪之内町立大藪小学校の4年生の授業
 経済産業省は,学校にLinuxデスクトップ機約300台を配布し,実際に授業に使用してその実用度と課題を探るプロジェクトを2005年度後半から開始している。大藪小学校のほか,岐阜県の2校,茨城県つくば市の6校,所沢市の1校など十数校が参加,約1000人の児童,生徒がLinuxを使用する(関連記事)。

 大藪小学校の子供たちが受けていたのは,算数の授業だ。子供たちは,自分でLinuxパソコンを操作し,算数の問題を選び,PDFファイルをAcrobat Readerでプリントアウトしてそれを解いていく。

 実験に参加し,2004年10月にLinuxパソコンが導入されるまで,大藪小学校では,Windows 95を搭載したパソコンを使用していた。実は速いのはLinuxだからではなく,単に新型機だからなのだが,子供たちはOSの違いをほとんど意識していないようだ。

 つくば市の吾妻小学校でも,子供たちはLinuxをなんなく使いこなしていた。5年生のこの日の授業は,水を氷で冷やして,温度変化や氷結の様子を記録していくというもの(写真3)。子供たちはシャープシステムプロダクトの学習用ソフト「スタディノート」上で,温度のグラフとデジタル・カメラの写真を貼りこんだレポートを手際よく仕上げていく。

 6年生の授業は,体の作りと働きを調べる「調べ学習」。子供たちが疑問に思ったことをインターネット上の教材で調べ,映像などのコンテンツから答えを探し,まとめていく。「家ではWindowsを使っているけど,Linuxも使い方は同じ」と子供たちは言う。

 岐阜大学教育学部附属中学校では,担当の安藤忠展教諭が自らJavaで作成した数学コンテンツを使った授業を行っていた(写真7)。このコンテンツは第5回インターネット活用教育実践コンクール文部科学大臣賞を受賞したもの。Javaの動くコンテンツ上で生徒が図形を作図し,数学の問題を解いていく。

 この実験に際しては運用管理ツールも開発されている。セキュリティ確保などのためのバージョン・アップが不可欠なほか,学校では児童や生徒の誤操作により設定やシステム・ファイルが破壊されたりする恐れもある。日本IBMは,多数のパソコンのハード・ディスクの内容を一斉に更新するソフトウエアを提供した。1台のパソコンだけを参照用PCとしてバージョン・アップや設定を施しておけば,夜間にそのハード・ディスクの内容をまるごとほかのパソコンにコピーするツールである。このソフトウエアは,2005年8月をめどにオープンソース・ソフトウエアとして公開する予定だ。

IEに依存した教育コンテンツが閲覧できず

 ただし,Linuxに全く不具合がなかったわけではない。

 学習用ソフト「スタディノート」は,生徒がレポートなどのコンテンツを作成することはWindowsからでないとできなかったが,Linuxでも作成できるようにJava版クライアント・アプリケーションを開発した。

 吾妻小学校では,記憶媒体にフロッピ・ディスクを使用するデジタル・カメラを使っている。LinuxパソコンからはUSBフロッピ・ドライブで読み込むが,Linuxではフロッピをマウントする操作が必要だった。つくば市のパソコンにLinuxディストリビューションJava Desktop Systemを提供した日本サン・マイクロシステムズは,USBフロッピ・ドライブが自動的にマウントされるように改良を施した。また動画などを再生するオープンソース・ソフトウエアmplayerには細かなバグがあったが,これも修正した。

 また,現時点では解消できていない問題も残っている。教育用コンテンツの一部が,Linux上のMozillaでは完全に閲覧できないのだ。

 科学技術振興機構が学校向けに提供している教育用コンテンツ「理科ねっとわーく」では,Webページに埋め込まれたWindows Media Player動画を正常に再生できなかった。原因はコンテンツ開発に使用したオーサリング・ツールがInterntet Explorerを前提にしているためで,コンテンツの開発元でも簡単には修正できない。そのため吾妻小学校では,その部分の閲覧が必要になった場合,既存のWindowsパソコンを使用している。

 岐阜県でも,教員・事務職員向け校務支援システム「SA@SCHOOL」などのソフトウエアがInternet Explorerに依存しており,Linux上のMozillaから正常に使用できなかったといった現象に遭遇した。

コストに対する期待とオープンソースへの共感

 現時点ではいくつかの問題があっても,実験に参加した多くの教育現場のオープンソースに対する受け止め方は前向きだ。

 大きな理由はコスト削減に対する期待だ。多くの地方自治体の財政は厳しく,岐阜県輪之内町の大藪小でもこれまでWindows95を使い続けてきた。輪之内町ではMicrosoft Officeより安価な,オープンソースのOpenOffice.orgベースのStarSuiteを導入している。「Linuxやオープンソースはコスト削減に有効。今回の実証実験も3年後,5年後を見据えた実験だと考えている」(大藪小などでパソコンやネットワークの導入と運用を担当している輪之内町教育委員会の岩田諦慧指導主事)

 もうひとつの理由は,全国の多くの教育現場が,教育コンテンツを「オープン・コンテンツ」として公開し誰でも自由に利用できるようにしようとしていることだ。例えば岐阜県の教育委員会が公開しているコンテンツは「岐阜県まるごと学園」などのページから見ることができる。もちろんコンテンツはオープンソース上でなくとも動作する。「岐阜県教育委員会で開発したコンテンツはWindowsだけでなく,Macintoshでも動作するように作っており,Linuxでも全く問題なく動いた」(岐阜県教育委員会研修管理課指導主事 横山隆光氏)

 輪之内町教育委員会の岩田指導主事のもとには,公開したコンテンツへの感謝のメールが千葉県の父兄から届いたことがある。その児童は不登校児だった。問題集なら書店にいくらでも販売されているが,実際に授業で使っているコンテンツが使えたことが,何より嬉しかったのだろう,と岩田氏は言う。

 ちょっと変わった少数派でも,少し不器用でも,決して拒絶されることなく共存し,自由にアクセスできること。教育現場の多くの担当者はオープンソースの思想に対する深い共感を抱いているようだ。

(高橋 信頼=IT Pro)

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◎関連資料
学校教育現場におけるオープンソースソフトウェア活用に向けての実証 実験-成果公開トップ(三菱総合研究所)