それではなぜユーザーはInternet Explorerを選ぶようになっていったのだろう。理由は「開発スピード」だったと記者は考えている。Microsoftは心血を注ぎ,Internet Explorerを改良した。Internet Explorerの動作は向上し,CSS[用語解説] などの新機能の実装も迅速だった。

 Windows版だけ開発すればよいMicrosoftと違い,NetscapeはWindows以外にもUNIX,Macintoshをサポートせねばならず,開発リソースが分散するという不利な面もあった。だが,それ以上にNetscapeが「開発スピード」の面で苦境に陥った要因がある。OSのような「プラットフォーム(基盤ソフトウエア)」を目指すNetscapeの方針が,ソフトウエアの肥大化,重量化を招いたのである。この結果,軽快に動き,機能も増えたInternet Explorerに,多くのユーザーが乗り換えていった。

ソースを公開するだけでは開発者の支持は得られない

 Microsoftに追い上げられたNetscapeは,打開策として,Netscape Navigatorのソース・コード公開を決意する。Linuxの成功に倣い,コミュニティの力を借りて開発リソースを補おうと考えたのだ。それが98年4月に公開されたMozillaである。

 しかし,この選択は,短期的にはNetscapeの開発陣に混乱をもたらした。社内開発を前提にしていたソース・コードを,社外の人間が読めるようにするために労力が取られたとされる。しかも公開されたソース・コードはあまりに巨大すぎ,外部のエンジニアがそれを理解するには長い時間を要した。

 その後,98年11月にAOLがNetscapeの買収を発表したが,Navigatorの開発はさらに停滞し,ユーザー離れが続く。Internet Explorerは一時は90%を超える高いシェアを占めるようになった。

 Mozillaが公開されて一年後,中心的なエンジニアだったJamie Zawinski氏は「オープンソースという魔法の粉を振りかければすべてがうまくいくわけではない」という苦渋に満ちた言葉を残してNetscapeを離れている。2003年7月にAOLはMozillaの開発チームを「Mozilla Foundation」として分離。まるで“手切れ金”のように基金として200万ドルを寄付した。

セキュリティ問題で停滞するInternet Explorer

 風向きが変わったのは、圧倒的なシェアを得たInternet Explorerのセキュリティ面での問題が続発してからだ。Internet Explorerのセキュリティ・ホールを悪用し,Webページを閲覧しただけで感染するウイルス「Nimda」が発生したのは2001年9月。マイクロソフトが運営するMSNに感染,MSNを見たユーザーが次々と感染するという事態が起きた。その後も次々とInternet Explorerのセキュリティ・ホールが発覚,それを標的にするウイルスが出現した経緯は,IT Pro読者の皆さんもご存じの通りである。