目の前に,できたばかりの一冊の本がある。タイトルは「オープンソースがビジネスになる理由――勝ち組企業は何をしたか」(米持幸寿 著,日経BP社刊)。今回は,この本が出来上がるまでの経緯を書いてみたい。経緯そのものが,この本が言わんとしていることに通じるからだ。

 話は1年前にさかのぼる。

「オープンソースは商用ソフトの敵なんじゃないですか?」

 2002年9月,横浜で開かれたJava開発者会議「JavaOne Tokyo」の会場内のオープンスペースで,記者は,何人かのJava分野のキーパーソンと話し込んでいた。最初は通りすがりの挨拶のついでに雑談をしていただけだったのだが,それがいつの間にか自然発生的にBOF(Birds of a Feather)セッションのような展開になった。つまり,自由な議論が交わされる場所になった。

 そこへ通りかかったのが,後にこの本の著者となる米持幸寿氏である。氏もこの自然発生セッションに加わった。日本IBMでテクノロジー・エバンジェリストとして活動している米持氏に,こんな話題が振られた。

 「IBMは,せっかくお金をかけて開発したソフトウエアをApache.orgやEclipse.orgといったオープンソース・プロジェクトに提供しているが,あれは損にはならないんですか?」

 米持氏は,「いや,損にはならないんです」と,その理由を分かりやすく説明してくれた。オープンソース・ソフトウエアとソフトウエア・ビジネスの戦略は矛盾しないのだ,という議論で,その内容には説得力があった。ここで,「おや,理論武装しているなあ」と,居合わせたイーシー・ワンの最首英裕副社長が感想を漏らしたほどだった。

 同じく2002年11月,この時のメンバーがもう一回集まった。そのとき記者が主催側に回っていた「第1回 J2EEカンファレンス」というイベントである。企業ユーザー向けのJava集中講義,といった内容のイベントである。400名規模のイベントだが,(手前ミソながら)一流の講師陣を得て内容は充実していた。

 この時の「J2EEカンファレンス」というイベントでは,正規の講演企画やパネル・ディスカッションではカバーできない話題を話し合うため,BOF(Birds of a Feather)セッションを開催した。このBOFセッションで,再び次のような話題が出た。「オープンソースは,本当に企業ユーザーのためになるのか?」

 1年前のことで,まだオープンソース・ソフトウエアに対する懐疑的な意見も多かった。例えば,オープンソースであることと,ユーザー・メリットがどう結びつくのか? オープンソース・ソフトウエアは,商用ソフトウエアから見れば商売敵なんじゃないか?

自らの持つ技術を世の中に急速に広めることができる

 ここで,米持氏が論陣を張って,「いや,オープンソースはそういうものではないのだ」と強く主張した。この議論の内容は,刺激になるものだった。

 詳しくは著者に語ってもらった方がいいのだが,記者の理解で説明するとこうなる。「A社」というソフトウエア・ベンダーが,業界標準を狙う技術「Foo」を開発したとしよう。従来であれば,標準化団体の場でロビー活動をしたり,競合関係にあるベンダーから対価をとってライセンス提供したりと,大変な手間と時間,費用をかけないかぎり普及はおぼつかない。ところが,オープンソース・ソフトウエアとして公開すれば,こうした摩擦なしに,Fooという技術を世の中に広めることができる。オープンソースは,技術を業界に急速に広めて,主導権を取るための安上がりな方法なのだ。

 IBMの例でいえば,独自のHTTPサーバー(Webサーバー)・ソフトを放棄してApache HTTP Serverを採用し,製品に組み入れた。ここで,同社の立場でApacheを見てみよう。同社が給料を払っている開発者もApacheの開発に参加しているが,給料を他社から得ている開発者までもがApacheの開発に参加してくれている,という見え方になる。その成果を同社は得ることができるという構図である。

 また,開発ツールの基盤技術をオープンソースとしてEclipse.orgを立ち上げ,実際にJava開発ツールの業界標準といえる地位を手に入れた。他には,Apache JakartaプロジェクトのStrutsフレームワーク(J2EE上のWebアプリケーション開発向けのフレームワーク)を自社製品の一部に組み入れ,その普及のための活動も行っている。最後の例は,日本から始まった動きである(関連記事)。

 そして,2003年6月,「第2回 J2EEカンファレンス」では,米持氏は「オープンソースの波に乗れ」と題した講演をおこなった。もはや,オープンソースを無視しては,ユーザーも,ベンダーも成り立たなくなる時代がすぐそこまで来ている,との思いから企画を依頼したのだ。

「オープンソースはタダで使うな」

 こうした経緯を経て,書籍「オープンソースがビジネスになる理由」は出来上がった。この10月から書店に並んでいる。

 1年越しの議論を経て,本の内容はユニークなものになったと自負している。オープンソースに関する普通の本とはちょっと違うことが書いてあるからだ。一つは,前述のように,オープンソースがソフトウエア・ビジネスと敵対するものではない,ということ。そしてもう一つは,「オープンソースはタダで使うな」ということだ。

 成功しているオープンソース・プロジェクトには,必ず「コミュニティの循環」という構図がある。開発者が作ったオープンソース・ソフトウエアが公開されて,急速に広まる(いいものならば)。広まった結果,フィードバック,例えばバグ・レポートやドキュメント,さらにはパッチやプラグインなどが戻ってくる。それらを吸収して,オープンソース・プロジェクトは成長していく。

 オープンソースのエネルギー源は,プロジェクトの成果物に対してフィードバックが戻ってくることにある。だから,「タダで使えるソフト」と思っているうちは,オープンソースの本当のメリットは出てこない。

 そして,企業がオープンソース・プロジェクトにソフトウエアを提供することは,単なるボランティアではない。自分たちが開発したソフトウエアを広め,標準にし,さらにはライバルを打倒するための戦略的な行動なのだ。戦略を誤ると,ソフトウエアで食べている企業にとっては死活問題となりかねないインパクトが,オープンソースにはある。

 オープンソースとは違うが,記者が属している「Javaプロジェクト」も,「コミュニティの循環」の恩恵を受けている。開発者会議JavaOne Tokyoの場での自由な議論からアイデアが出てきた。このアイデアが,ミニ・イベント「J2EEカンファレンス」につながった。このイベントでの議論や講演が,書籍「オープンソースがビジネスになる理由」のベースになった。次回のイベント「第3回 J2EEカンファレンス」は12月11日に開催予定である。

(星 暁雄=日経BP Javaプロジェクト)

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