(本記事は,「なぜ「IT産業のトヨタ」は出ないのか(上)」の続編です)

自動車と違いITは激変する

 話を自動車とITの違いに戻す。製品特性と並んで大きく違うのは,製品アーキテクチャそのものの変化度合いである。自動車はやはり自動車であり,基本アークテクチャは変わっていない。これに対し,ITの世界は,変化が激しい。この違いは藤本教授も著書の中で触れていた。読者の意見を紹介する。


【読者の意見】
 自動車は基本的な構造が100年間あまり変わっていないのに対して,コンピュータの世界はパラダイム・シフトが頻繁に訪れるので,連続して勝利を収めていくことが難しい面があります。

 ただ,自動車もこれから燃料電池を使って電気で動くようになり,これまでのエンジンの動力をメカニカルに制御するものから,モーターを電気的にきめ細かく制御した上で動力をもっと直接的に伝達するようになります。そうなれば,車の構造も劇的に異なってくるでしょう。今までの強みを生かせず,脱落してゆく自動車メーカーも出てくるのではないでしょうか。


ITサービスは日本企業向き

 ただしITが激変しているといっても,企業情報システムに眼を向けると,ほとんど変化していない。ITベンダーやメディアは,時代が変わったと大騒ぎするが,企業の経営コンセプトやそれに基づくシステムは,それほど大きく変わらない。変化しているのは,システムを作る部品や手法のほうである。

 するとIT産業の中でハード,ソフトは難しくても,サービスについては,「トヨタ」が生まれる可能性があるという仮説が立てられる。これまでの論点をサービスに当てはめてみる。まず開発にしろ運用にしろ,サービスはインテグラル・クローズ型である。企業システムのアーキテクチャやニーズもそう変化しない。となると,IT関連サービスは日本企業向きであるはずだ。

 しかし問題がある。それは,サービスというものが基本はローカルな産業であることだ。どんなに日本のエンジニアやオペレータが優秀であったとしても,その優秀さを世界で発揮することはなかなか難しい。インドのITサービス会社のような例外はあるが,サービスはやはりローカル産業と筆者は思う。

 また,次のような意見も寄せられた。


【読者の意見】
 日本の企業は,ユーザーの意見を製品やサービスにフィードバックしていくことが意外にも苦手なのではないでしょうか。その中で自動車や家電は設計者が自分で製品を使いこなしていけるので,まだユーザーの気持ちが理解できます。だから強いという見方ができます。

 ところが,コンピュータ,あるいは船や飛行機といったものは,ユーザー企業が実際に使いこんでいかないと,本当によいものかどうかを判断できないものですから,フィードバックが難しい面があると思います。

 ボーイングが777を開発する時には,主要な航空会社に開発段階から参加してもらい,幅広く意見を取り入れました。IT産業ならなおのこと,ユーザー参加型の開発がもっと広がっていってほしいものだと思います。

 「銀行のシステムはユーザー企業側が開発している」と言われるかもしれませんが,こういう大規模なユーザー企業の情報システム部門と,本当のユーザー部門の間には,また一つ壁があるのが実態ではないでしょうか。


トヨタはITで成功できるか

 確かに情報システムのユーザビリティは,まだまだ改善すべき点が多い。IBMはAS/400(現iSeries)を開発するときに,顧客企業に設計方針を事前開示し,顧客の意見を取り入れる開発手法を導入した。iSeriesは,顧客満足度でおそらく世界一のコンピュータである。ユーザビリティの改善について,日本のIT産業の奮起を期待したい。

 締めくくりに,「トヨタ自動車そのものがITビジネスで成功できるかどうか」を考えてみたい。

 まずハードである。仮にトヨタがパソコン事業に参入したとしても,製品特性上,自動車ほどの成功はできない。いまさら独自アーキテクチャのコンピュータを作るわけにもいかない。

 ソフトやサービスはどうか。実はこの分野で世界一になろうとする野望をトヨタは持っている。日本一ではなくて世界一である。2001年4月,トヨタはIT関連企業を合併し,トヨタコミュニケーションシステム(TCS)を設立した。

 TCSの長坂洵二社長はで,「トヨタコミュニケーションシステムは,トヨタのグローバルなIT戦略をサポートするとともに,そこで培った広範囲の先進的なIT製品を世界の市場に展開することを目指します。21世紀における一流のグローバルIT企業となることが私たちの夢です」と述べている(同社のWebサイトへ)。

 TCSの発足を祝って表敬訪問したある大手システム・インテグレータの役員は,トヨタ幹部からこう言われた。「○年後,御社を抜いて日本一になる。×年後,EDSを抜いて世界一になる」。EDSは,世界最大級のITサービス会社であり,一時期はGMの子会社であった。

 読者からは次のような意見もあった。


【読者の意見】
 「トヨタがコンピュータ産業に進出したらどうなるか?」。トヨタでもやはりうまくいかないでしょう。トヨタが中心になって出資し,役員も送り込んだ日本高速通信が結局うまくいかなかったことからも推測できます。

 しかし,筆者は,ほかのシステム・インテグレータに比べて,TCSが世界で通用する可能性は大きいと思う。理由は簡単で,トヨタがやるからである。

 第一に,TCSは海外で仕事ができる。実際,現在日本で開発している新システムを海外のトヨタ関連会社に展開する構想がある。

 第二に,トヨタが作ったソフトであれば,トヨタ以外に売り込める。そもそもトヨタ生産方式は日本発の数少ないグローバル・スタンダードである。ただし,これまではコンピュータ・ソフトがついていなかった。

 無論,社内で使うシステムと外販するパッケージ・ソフトは,作り方がかなり違う。とはいえ,欧米のIT企業も業務アプリケーションについては,ユーザーの知見を入れて作っている。「トヨタのベストプラクティスが埋め込まれたソフト」というセールストークは強力である。ドイツ生まれのパッケージにも負けないだろう。

 最後に,宣伝文を書く。筆者が今,開発している新しい雑誌のテーマとして,MOT(マネジメント・オブ・テクノロジー)がある。基礎研究から製品化に至る過程をうまくマネジメントしようという考えである。知的財産管理や技術評価といった手法も含まれる。

 8月28日に,MOTをテーマにしたシンポジウムを開催する(概要およびお申し込みはこちらのページから)。技術の総合マネジメントをテーマに,「技術を選び,育て,売り,価値を説明する」最先端の事例を報告する。本田技研工業が開発した人間型ロボット「ASIMO」の生みの親になった田上勝俊氏(本田技術研究所・元常務)を始め,複数の企業経営者および専門家が講演する。技術マネジメントに関心のある方はぜひ参加ください。

(上)を読む

(谷島 宣之=ビズテック局編集委員)

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