どんな雑誌でも「最も読みたいが,最も登場したくない」と取材先から恐れられている(読者からは期待されている)のが,失敗にスポットを当てた記事だ。ご存じのように,ネットビジネスの分野では失敗のネタは事欠かない。もはやネット・ベンチャーの事業撤退など,大したニュースではなくなってしまった。

 しかし,ネットビジネスで苦戦しているのはベンチャー企業だけではない。ともすれば「事業失敗」が「会社消滅」に直結するネット・ベンチャーほどの“派手さ”はないが,大企業もまたネットビジネスの縮小や,事業撤退という憂き目を見ている。

 ただ,事業から撤退してしまえば,これまでの経験やノウハウ,人材が離散してしまいがちなネット・ベンチャーと異なり,そこそこ規模のある企業なら失敗の経験を組織内に蓄積することが可能だ。そんな問題意識から,日経ネットビジネス7月25日号では,大手企業をターゲットに「ネット戦略 失敗が残した果実」という特集に取り組んだ。

 今回の記者の眼では,今日と明日の2回に分けて,この特集で取材したネットビジネスの失敗例を基に,失敗の原因や,失敗が残した明日につながる“果実”について考えてみたい。

ネットへの過度な期待が事業プランの甘さを生む

 まず,典型的な大手企業が手掛けるネットビジネスの失敗例を考えてみよう。根底にあるのは,「ネットに対する過度の期待」だ。

 昨年12月,大手アパレルのレナウンはネット販売サイトの「07fun」を閉鎖した。同社は今年1月期で,12期連続の赤字。事業計画の見直しの中で,採算の合わないネット販売は打ち切りとなった。

 レナウンがネット販売に進出した理由は,まさに“気軽”に進出できるからだった。新ブランドの立ち上げや新店舗の開設ともなれば,億単位の金が必要となる。その点,ネット販売のサイトなら数千万円で済むと考えたのだ。

 そのためか,事業の見通しも甘かった。カジュアル衣料のユニクロのような手ごろな価格の定番商品なら,サイズが分かれば売れる可能性は高い。しかし,レナウンが扱うデザイン重視で高額な衣料の場合,客は実物を見て,手触りを確かめ,試着し,店員からアドバイスを受けるなど,購入プロセス自体が重要な意味を持つ。

 となれば,「ネットでお手軽にショッピング」というわけにいかないのは想像がつきそうなもの。同社もこうした自社商品の特性は知り尽くしていてはずだが,ネットへの期待が判断を曇らせてしまった。

 「他社がやるならうちもやるという安易な意識があった。ネットが普及すれば,ネット販売も伸びると思った」(同社経営統括本部)

 さらに既存の取引先に配慮したため,百貨店などに納入している主力商品を投入できなかったのも大きな敗因だ。特に大手企業におけるネットビジネスの場合,“本気”で取り組むほど既存の販売チャネルや当該部署との摩擦が生じやすくなる。

 ネットの活用は,既存業務の改革につながるインパクトを潜在的に秘めている。それだけに,本業とのカニバリゼーション(共食い)は決して避けて通ることはできない。本業に気を使うあまり,事業計画の不完全なまま離陸せざるを得ないネットビジネスがいかに多いことか。

大手企業ゆえのジレンマが行く手を阻む

 もう1つの事例は,サービス開始からわずか9カ月足らずで撤退に至ったセイコーエプソンの「エプソンプリント」だ。このサービスは,同社のプリンタのユーザー向けに,印刷素材となるイラストや写真などの画像データを1点500円程度でネット配信するというもの。これによりプリント機会を増やし,インクや印画紙の売り上げアップにつなげるのが狙いである。

 事前の無料サービスでは,同製品のイメージ・キャラクタである人気タレントの優香さんのデータが入手できるとあり,1カ月半で2万6000件のダウンロードを獲得。同社は本サービスに手応えを感じていた。しかし2001年2月の有料化以降,ダウンロード件数は100分の1にまで落ち込んだ。

 同社はエプソンプリント失敗の最大の原因を,「ユーザーはコンテンツは無料という意識が強いため」(ビジネス開拓企画部)と結論付けた。しかし,グラビア女性などの画像を掲載した会員サイトは,数少ない売れ筋コンテンツとして早くからビジネスが成立していた分野。必ずしも,ユーザーが画像コンテンツに金を払わないわけではない。

 「もちろんそれは考えたが,エプソンがそこまでする必要はないと判断した」と元エプソンプリントの担当者はうち明ける。イメージを大切にする大手特有の企業の論理に縛られ,思い切った手を打てないというのもよくある話だ。

 また,イラストなどを提供するコンテンツ・ホルダー側に,「相手が大企業のエプソンだから,コンテンツを渡しさえすれば売ってくれるだろう」と甘えを抱かせてしまったのも,同社にとって誤算だった。セイコーエプソン側は,手がけるのはあくまで場の提供だけで,営業活動はコンテンツ・ホルダー側が行うものと考えていた。事業開始当初から,双方の認識はズレていたのだ。

失敗へと誘う「ヤ行五段活用」

 経営戦略に詳しい,一橋大学大学院商学研究科の伊丹敬之教授はこれらのケースを「ヤ行五段活用による心理の変化が引き起こす失敗」と呼んでいる。その「ヤ行五段活用」とは,「(ネットビジネスを)やりたい」に始まり,「やるべきである」「やれるといい」「やれるはず」と変化し,最後には「やれる」と確信に変わってしまうというものだ。これもまた,ネットに対する過度な期待による“錯覚”といえよう。

 もっとも,伊丹教授自身はこうしたヤ行五段活用が引き起こす“錯覚”を全面否定しているわけではない。ネットビジネスに限らず,時代を先取りするビジネスというのは,多かれ少なかれある種の思い込みに端を発し,失敗と成功を繰り返しながら成長していくものだからだ。

 問題は膨らみすぎる期待が,冷静な事業判断を難しくしてしまう点にある。「とにかくやってみよう!」と見切り発車するのがこのケースだ。「プリンタ・メーカーの画像配信のケースも,コンテンツ・ホルダーが本業として自ら手掛けない事業を,ノウハウのない企業がやってうまくいくのか。論理的に考えれば成功の確率が低いことぐらい分かりそうなもの。過去の経験から需要の読めないネットビジネスの場合,どうしても需要を大きく見積もりがちだ。“バブル”になりやすい下地があることをつい忘れてしまうのだろう」と伊丹教授。

 とはいえ,成功例の少ないネットビジネスの場合,論理的に突き詰めて考えれば考えるほど,事業の勝算が少なくなり,結局何もできなくなる,という悪循環に陥る恐れもある。未知の分野へ踏み出す大胆さと,論理的思考による慎重さとの折り合いをどう付けるかは,結局のところ経営者次第ということになろう。

 それでは,ネットビジネスの失敗から,何とか“果実”を取り出す方法はないのだろうか? 明日は続編として,別の事例を交えながら,この点について考えてみたい。

(酒井 康治=日経ネットビジネス副編集長)


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