業務用ゲーム機をリコーに持ち込む

 1982年6月からの最初の3カ月間は、具体的な製品イメージはないまま、まずはLSIを実現することを目標に置いた。上村は、LSI担当スタッフの中川克也(現、開発第二部課長)と大竹雅博(現、開発技術部課長代理)をリコーに派遣し、仕様についての検討を始めた。

 半導体メーカとしてリコーを選んだのは、業務用ゲーム機の開発でつき合いがあったこと、リコー自身が家庭用ゲーム機に関心を抱いていたことなどが理由という。

 リコーの担当者のなかに八木広満がいたことも大きかった。任天堂は1970年代後半に専用LSI搭載型ゲーム機を三菱電機と共同で開発した。そのLSI設計を担当したのが八木だった。八木は三菱電機からリコーへと移っていた。

 大まかな仕様を決めるために中川と大竹は、リコーに業務用ゲーム機の「ドンキーコング」を持ち込み、仕様を話し合った。Atari2600などの既存の家庭用ゲーム機を参考にするという考えもあったが、業務用ゲーム機の画面を見慣れた中川や大竹にとって、それまでの家庭用ゲーム機の仕様は満足いくものではなかった。

 せっかく新しく開発するのだからAtari2600やColeco Visionを超えたものにしたい。そこで、「業務用ゲーム機の仕様を可能な限りそのまま取り込む」ことを前提に、画像用プロセサなどを開発することにした。

 ただし、万一家庭用がうまくいかなくても業務用に転用できるようにと、RGB出力の画像用プロセサも同時に開発することにした。このチップを使った業務用ゲーム機も後に発売されている(図3)。

図3 ファミコンを基にした業務用ゲーム機
ファミコン発売後に製品化した「VSシステム」。
[画像のクリックで拡大表示]