最悪のタイミングで就職

 そんなとき、「いい感じのホームページを作っている」ということで、札幌のWebデザイン会社の方が「うちで働いてみないか」と声を掛けてくれたのです。「就職活動をしなくて済む。しめしめ」と思って2002年4月に札幌のWebデザイン会社に入社しました。これが最初の就職です。ここではWebデザインだけではなく、PerlやPHP、Flashのコーディングや設計の仕方なども自分なりに学びました。

 ところが、働き始める直前くらいにドットコムバブルが弾けました。日経平均株価が9000円を割った頃です。するとクライアントが広告宣伝費を削るようになり、実績が見えにくいWebから最初に削られていきました。これで仕事がほとんど来なくなった。入社1年目にして「この会社はつぶれるんじゃないか」と危機感を覚えました。Webベンチャーでしたが、ボーナスもないし残業代も出ないし退職金もない。

 次第に仕事がなくなり、「菓子パンを食べてレビューを書く仕事」を社長がどこかから取ってきてやっていました。菓子パンのメーカーが競合他社のパンを送ってきて「今月は栗フェア」だということで、栗のパンだけで何十種類も食べたりするのです。栗のコッペパンとか。頻繁に甘いパンを食べて「これは体を壊すぞ」と思いました。甘くない惣菜パンは取り合いになったりしていました。

 高専時代の同期は安定した仕事に就いて自分の2倍以上の給料をもらっていました。当時、パソコンは20万円くらいしましたが、自分が今使っているパソコンが壊れたら買い換えることもできない。そうしたら音楽も作れない。「こんな生活を送っていてはだめだ」と思いました。もっと安定した仕事に就こうと思い、Webデザイン会社で1年間働いた後、2003年3月に退職しました。

 ちょうどそのときに母校に専攻科というシステムができました。高専の5年間の上にさらに2年間行くことで大卒と同じ資格がもらえるというものです。1回就職して1年間で辞めてしまうと、他の企業への中途での就職は難しくなると聞いていました。「専攻科に入りなおすことで、また新卒として就職できる」。そこで2003年4月に専攻科の1期生として入学し、2005年3月に専攻科を卒業しました。