2018年のWWDCが終わり、実際に発表された内容に満足した人もいれば、落胆した人もいるだろう。筆者はニュースサイトThe Informationが5月25日(米国時間)に報じていた「米アップル(Apple)によるiPhoneのNFC機能の部分開放」という内容に期待していたのだが、残念ながらこのタイミングでその話題にほとんど触れられることはなかった。

 同誌の報道では「Suicaや中国以外の交通系サービスへのNFC開放拡大」「企業やビルの入館証への対応」について触れていたが、実際に発表されたのはデューク大学を含む米国の6大学の学生証(Student ID)へのiPhoneとApple Watchの対応だ。確かに「入館証」ではあるが、おそらく多くが事前報道で期待したものとは異なるだろう。

いまだ決済以外の利用方法がほとんどないApple Pay。モバイルウォレット本来の目的は「財布いらず」だったはずだが…(筆者撮影)
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 今回はモバイル決済ジャーナリストの視点からアップルとNFCの動向に触れつつ、一部の人が期待していたかもしれない「ハードウエア」の観点からWWDC 2018(WWDC18)を振り返ってみたい。

iOS 12の目玉機能「モバイル学生証」

 Student IDは今秋リリースされるiOS 12の目玉機能の1つで、前述のように6大学での「モバイル学生証」として機能する。iPhoneまたはApple WatchのWalletアプリに導入することで、通常の非接触通信機能を持ったカード型学生証のようにセキュリティのかかったエリアへの入退室に使えたり、あるいは物品の購入や認証に使えたりする。いまどきの学生で携帯電話や腕時計をまったく身に着けずに行動するケースも少ないと思われるため、「1台のデバイスで何役でもこなす」という意味でモバイルNFC本来の役割を果たしているように思う。

 今回のStudent IDは、教育機関向けのソリューションを提供する米ブラックボード(Blackboard)との提携で実現している。同社が提供する「Blackboard Mobile Credentials」の仕組みをiPhoneとApple Watchに搭載することで、通常のカードIDと同様の役割をモバイル機器で実現できるようになる。このモバイル学生証は組織(この場合は大学)がリモートで発行や管理といった制御を行えるとのこと。米HIDグローバル(HID Global)が企業や組織向けにモバイル入館証を発行するソリューションに近い。

 一度モバイルID発行の仕組みを整備してしまえば、同じソリューションを使う限り、複数の異なる企業に同じサービスを横展開できる。実際、The Informationの報道ではアップル本社のApple ParkでiPhoneやApple Watchを使ったHIDの入退館サービスが運用されているとしており、同様のサービスを外部の企業に提供する下準備は進んでいる状況だろう。

依然としてiPhoneのNFC開放に慎重なアップル

 「NFC機能の開放」という観点から見て、今回のWWDC18で再確認できたポイントが2つある。1つは、開発者全体にアピールする機会であるWWDCでNFC開放に触れなかったことで、「アップルがサードパーティへのNFC開放に依然慎重」だと分かった。2017年のWWDCで発表された「Core NFC」以降、NFC関連の新しいトピックは無かったことになる。こうした状況から、アップルは少なくとも今後1年以上は、NFC関連で「無線ICタグを読む」という機能以外を一般開発者に提供するつもりはないという意思があると筆者は考えている。

 2つめは「認められたサードパーティであっても正式発表は準備が整ってから」ということだ。例えばHIDのような横断的に利用可能なソリューションの場合、実際の顧客での運用実績や類似サービスの提供準備が整うまで、一般開放は行わないと筆者はみている。

 特に重要となるのがNFCで個人情報や決済情報、“鍵”となるデータを保管する、「セキュアエレメント(Secure Element)」と呼ばれるメモリー領域だ。アップル自身は「Secure Enclave」などと呼んでいる。この領域へのアクセスは同社のサーバーを経由するしかないため、すべてが同社の制御下にあると言える。かつてグーグルがNFCを使ったサービスの提供で世界の携帯電話事業者と争ったり、モバイルNFCの普及が遅れたりした原因も、実はこのセキュアエレメントを誰が制御するのかが大きなポイントとなっていた。

 アップルにとってiPhoneが内蔵するNFCのセキュアエレメントは虎の子であり、その開放にはいまだ慎重だ。その意味では、今回のStudent IDが中途半端な状態で発表されたり、まだベータ運用の中国の交通系ICカードが先行提供されたりしているのは不思議な話だ。学生向けにアピールがしやすいStudent IDや、ライバルの多い中国市場へのアピールが必要な交通系ICカード対応は例外的存在なのだろう。

 いずれにせよ、当面は一般開発者向けにセキュアエレメントの開放を行う気はアップルにはないようなので、仮にNFC関連の発表があっても「○○の事業者のサービスをiPhoneやApple Watchで利用可能になった」という形で報告が行われるのみで、NFCがアップルの制御から離れることはないだろう。もしかすると、9月に開催が見込まれる新型iPhoneの発表会で「△△の交通機関をiPhoneやApple Watchで利用可能になった」という話が出るかもしれない。

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