「誰でも知っているが日本語に訳しにくい言葉がある」。社会生態学者ピーター・ドラッカーのほぼ全著作を翻訳された上田惇生氏と話していて、こう言われたことがある。一例として上田氏は「アート(Art)」を挙げた。「デザイン(Design)はどうですか」と尋ねたところ、「デザインも訳しにくい言葉の一つ」と仰った。

 手元の岩波英和辞典で“Design”を引いてみた。最初の意味は「計画する」であり、「目論む」「企てる」「志す」といった訳語が並ぶ。2番目の意味として「設計する」があり、「下絵、設計図、図面を描く」などと書かれていた。

 もう一つ、別の書籍に出ていた説明を紹介する。テクノロジー利用に関わる「デザイン」の定義である。

 「資源を、人間の要求や欲求に対処し得る製品やシステムに作り変えたり問題を解決するために、計画を作成する反復的な意志決定のプロセス」――。

 分かりにくいが要するにデザインは「意思決定のプロセス」であり、「計画を作成する」ことだ。上記の定義は『国際競争力を高めるアメリカの教育戦略』(国際技術教育学会著、宮川秀俊/桜井宏/都築千絵編訳、教育開発研究所)から引用した。

 同書はテクノロジーを使いこなす素養についてまとめた『Standards for Technological Literacy』を翻訳したもの。その素養は技術者に限らず、誰でも身に付けられる。中でもデザインが大切だという。

 テクノロジーに関わるデザインの特徴を同書は「目的がある、制約条件がある、反復的、創造的、多くの解決方法がある」と指摘した。

 “Design”あるいは「デザイン」という単語を見聞きしたとき、読者の皆様はどのような意味を想起されるだろうか。「下絵、設計図、図面を描く」あるいは「創造的」ということは思い浮かぶものの、「目論む、企てる、志す」、「目的、制約条件」「多くの解決方法」については案外出てこなかったのではないか。

 前者は目に見えるが後者は見えにくい。後者が曖昧でも前者、つまり何かの絵を描いておけばデザインらしきものができる。だが両者を包含したデザインになっていない限り、テクノロジーを使いこなせない。IT関連の例を挙げてみよう。

AIを使うにはデザインが必要

 人工知能(AI)の定義を問い始めると話が進まなくなるから、「大量データを学習し、何らの判断を下せるテクノロジー」としておく。それを使うにはデザインが必須である。すなわち、目的を明確にした計画が欠かせない。

 がんの診断支援でAIが成果を上げたと報告されている。対象とするがんを選び、そのがんに関わる医学論文や症例をデータとして用意する。これらはデザインの一部であり、デザインするのは人間である。AIが「目論む、企てる、志す」ことはない。将来そうなると主張する人がいるが、人が目論んでいるかのように動作するに過ぎない。

 医師の診断をAIで支援できるなら、遠隔地からAIを利用すれば、病院まで出かけて診察を受けなくても済む。こうした将来展望が時折語られるが、デザインが曖昧である。特定の難病に絞ればAIで相応の成果が出せたとしても、町の病院が提供する、いわば汎用の医療をAIでこなせるわけではない。そもそも風邪やインフルエンザの診断をなぜAIに任せるのか。「目論み」としてお粗末だろう。

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