「火災が発生したことが無い森林ほど、一度火がついてしまうとあっという間に燃え広がってしまう。その被害は甚大だ」。

 ニューヨーク大学工学研究科教授でリアルワールドリスク研究所所長のナシム・ニコラス・タレブ氏はこう話す。日立製作所が2016年10月27日~28日に開いた年次イベント 「Hitachi Social Innovation Forum 2016 TOKYO」で特別講演に登壇した。題目は「不確実性を富に変える逆転の発想~イノベーションの進め方~」。

ナシム・ニコラス・タレブ氏
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 タレブ氏は、金融や経済などのリスクで想定外の事象を「ブラックスワン」と表現したことで有名だ。ブラックスワンは、同氏の著書のタイトルにも使われており、予想外でインパクトの大きいリスクやその影響などを指す用語として引用されている。

 講演の冒頭でタレブ氏は、障害や混乱、予測不能な事態に陥ることなどを「fragile(脆弱)」とし、話を進めた。そして「fragileの反対は何だと思うか」と傍聴者に質問を投げかけた。「堅牢な状態を指す『robust』だと答えるケースが多いが、違う」(タレブ氏)。

 同氏によれば、fragileの反対は「Antifragile(抗脆弱)」。fragileとは脆弱な状態であり、リスク変動要因によって悪影響が発生しやすいことを示す。「リスク変動要因によってイノベーションや成長、改善につなげる力を持っているのがAntifragile。これがfragileの反対に位置する」(タレブ氏)。

 タレブ氏は次のような例えを使って説明した。「トレーニングジムに通うビジネスマンは、適度に運動をすることで体を鍛えている。普段から体を鍛えていないと、骨折するなどのリスクが高まるからだ」。

 このような考え方は、ビジネスや企業の在り方にも当てはまるという。何らかのリスク要因に頻繁にさらされている企業は、それらを乗り越えるために常に体質を強化しているという。

 「森林に例えてみたい。定期的に火事が発生している森林では、燃えるものが定期的に燃焼されているはずだ。一方で、火事が発生したことのない森林は、燃えるものが大量に蓄積されている。火がついたら間違いなく大火事になるだろう」(タレブ氏)。

 講演の後半、タレブ氏は企業が成長する環境として適しているのがシリコンバレーだと指摘した。「ビジネスが破たんする確率が世界で最も高い。毎日のように何かが生まれて、何かが壊れている。これこそが進化に適する」(タレブ氏)。トライ・アンド・エラーを繰り返し失敗を重ねながら、事業を成長させる環境の必要性を訴えた。

米ネットフリックスのように、自社システムをハッキングしてサービス強化につなげることも必要だと訴える
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 「自らリスク要因を持ち込んで、ビジネスやサービスを強くする企業も現れた。米ネットフリックスだ」。ネットフリックスは、自社サービスの障害対応テストのために、社内に自社システムをハッキングする担当者を置いたという。意図的に障害を発生させ、対応力を強化する。「ネットフリックスはこのようなシステムを最初に導入した企業だろう」(タレブ氏)。

 タレブ氏は講演の中で一貫して「リスクにさらされても、乗り越えて成長の糧にする企業こそがイノベーションを生み出せる」と訴えた。障害や混乱、予測不能な事態への対応力「Antifragile」こそが、イノベーションを生み出すために必要だと強調した。