英PwCは2015年11月から、顧客情報を金融機関に提供するサービス「Know Your Customer(KYC)」を提供している。PwCが複数の金融機関から顧客情報を収集、共有して、金融犯罪の予防に役立てるためのものだ。

 同社はこの情報提供サービスに、ブロックチェーンを導入する。金融犯罪対策の現状と見通しをPwC フィナンシャルクライム グローバルーチーム リーダーのデイビッド・グレイス氏とフィナンシャルクライム グローバルチーム メンバーのカマラ・ブショルツ氏に聞いた。

金融犯罪対策の課題はなにか。

英PwCフィナンシャルクライム グローバルーチーム リーダーのデイビッド・グレイス氏
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英PwCフィナンシャルクライム グローバルチーム メンバーのカマラ・ブショルツ氏
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グレイス氏 犯罪対策費用だ。銀行は、金融犯罪の予防や検知に何十億ドルという予算を費やしている。人材不足、犯罪数の増加、規制の強化といった理由で対策費が増している。しかし残念ながら、犯罪者が使うテクノロジーはますます高度化し、対策の難度が高くなっている。犯罪が防げず、銀行に莫大な制裁金が課された例もある。

 銀行は莫大な対策費を削減するために、革新的な技術を使った解決策を求めている。当社が開発した「KYC」というサービスは、銀行の作業効率を高め、コスト削減を実現する手助けができる。

KYCを使った金融犯罪の対策方法を教えてほしい

グレイス氏 銀行が金融犯罪と戦うには、顧客が何者かを知ることが大切だ。顧客をよく把握して、良い人たちだけと取り引きができれば、金融犯罪のリスクをかなり減らせる。相手が誰なのか知っていれば、テロに関わる取り引きも検知できるし、犯罪によって生じた金銭の取り引きを防げる。犯罪を未然に防いで銀行が受ける制裁も減るだろう。

カマラ・ブショルツ氏はKYCサービスの開発を率いている
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ブショルツ氏 銀行が入力した顧客データをKYCのシステムが処理し、分析した情報を銀行に提供する。システムを使うことで、銀行は分析した情報を共有できる。

 例えば、同じ顧客が別の銀行で取り引きをするとき、KYCのシステムは本人確認をして、過去に分析したデータを基に顧客情報を銀行に提供する。システムの処理は本人確認と、新しい取り引き情報の追加だけで済む。

 KYCの顧客情報分析には三つのステップがある。まず最初に、パスポートや運転免許証といった身分証を確認する。次のステップで、銀行のビデオカメラなどの映像情報から本人の外観や顔を確認する。最後のステップでは、確認した情報を基に顧客情報をスクリーニングする。スクリーニングとは、政治家などの公的な要人かどうか、過去にネガティブなニュースや制裁に関係する経歴が無いかを確認すること。身分証が本物か、銀行に来たのは本人かといった確認もする。それぞれの結果を紐付けて分析すると、何千というページの情報量になる。この情報を銀行に提供する。

KYCを使うと銀行の業務はどう変わるのか。

ブショルツ氏 同じ顧客が複数の銀行で取り引きする際、各銀行は同じ確認作業をしている。顧客はそれぞれの銀行で、同じ確認作業を待つ羽目になる。

 KYCを銀行が使うことで、顧客満足度が向上する。例えば、顧客が口座の開設や新しい事業をするために金融機関に来るとする。既にKYCが分析したことのある顧客であれば、銀行はすぐに詳細な顧客情報が入手でき、サービス提供できるようになる。

 KYCは顧客、銀行、規制当局の全てにメリットがある。顧客は、認証・確認の時間が早くなって快適に金融機関を使える。銀行は業務が効率化し、コスト削減もできる。規制当局はKYCシステムを調査することで、金融機関が安全に取り引きをしているとわかる。

 2014年にいくつもの金融機関が莫大な金額の制裁を受けた。その影響もあって金融業界では、犯罪に対して情報の共有、協業をすすめる意識が出てきた。こうした背景があって、KYCの開発が始まった。

 KYCは発展の途上にある。今は顧客情報だけを共有する銀行が多い。しかし、取り引きを監視して情報を共有し、犯罪に関わる取り引きを検出しようとする広がりもみせている。取り引きの監視にもテクノロジーの利用が注目を集めている。

犯罪取り引きの検出テクノロジーが注目を集めている理由はなにか。

「制裁金も犯罪対策費も莫大だ」と話すグレイス氏
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グレイス氏  大規模な投資銀行では、常に何百万ドルという金額の取り引きがされている。その中で犯罪に関わる取り引きを特定しなければならない。リアルタイムに大規模な取り引きを監視するのは困難で、技術的解決が必要だ。

 もしかしたら、テロの資金調達のための取り引きがあるかもしれない。また人身売買に関わる取り引きもあるかもしれない。それぞれの取り引きは金額も関わる人数も違う。取り引きを監視するシステムは多様な犯罪を検知できる必要がある。

 我々のサービスを例にあげれば、医療分野の分析技術を使って取り引きを監視し、分類分けしていく。PwCが医療分野の技術を使うのは、同じアルゴリズムが金融犯罪の監視に有効だからだ。

 例えば、医療用のソフトウエアは、体の中のまったく関係がないように見えるデータを紐付けて、分析してガンを検知する。それぞれのデータは正常であっても、様々な面から分析することでガンを検知できる。同じように金融犯罪対策では、様々な顧客情報、取り引き情報を紐付けて犯罪を検知する。

KYCの課題はなにか。

ブショルツ氏 このサービスには、課題が四つある。まずはアクセス性だ。KYCのデータに柔軟にアクセスできるようにすること。次に、誰がデータの管理権限を持つのかということ。PwCなのか、銀行なのか、顧客なのか。三つめはデータの機密性だ。取り扱いに慎重さを要するデータを、どうやって安全に管理し、それを保証していくのか。最後は堅牢性。これまでの取り引き履歴をどのように残すのか、いつの情報なのかをどう記録するのか、といったことだ。

 こうした課題を解決する取り組みとして「ブロックチェーン」を使ったシステムを開発した。ブロックチェーンを使うことで、データの削除は絶対にできず、機密性の高いデータを使い、管理者以外にデータを操作できないようにした。

 ブロックチェーンとは、サービス提供企業が台帳を管理・検証して、共有するものだ。顧客は暗号化したデータとデータを操作するプライベートキーを持つ。

 我々はブロックチェーンをKYCの基盤に使っていく予定だ。プロトタイプは既にできているので、ユーザー受け入れテストをすれば提供開始できるだろう。

世界的なFinTechの盛り上がりを背景に、ビジネス拡大を目的にした投資が増えている。一方で、金融犯罪の対策費が膨らんでいる。現状をどう考えているか。

グレイス氏 テクノロジーを正しく使うことで、顧客を引き付けられるだろう。顧客は早くサービスが受けられて満足度が向上し、銀行もコストを削減できる。

ブショルツ氏 金融犯罪対策のテクノロジーに金融機関が投資するのは、コストであって利益に直接寄与するものではない。しかし、金融犯罪を未然に防ぐ事で風評被害を減らせるし、制裁を避けられる。顧客満足度が上がることで利用者が増える。テクノロジーに投資することで、結果的にこうした利益につながると思う。