先進的なITを導入すれば、たちどころに経営改善の効果が現れる。そんなストーリーに乗って、経営者がシステム開発の指示を出すケースがある。だが、経営者の指示が現場の実態と乖離したままでは、プロジェクトはいずれ行き詰まる。システム部門は理想と現実のギャップを見極め、経営者をうまく説得する工夫が求められる。

 情報システムを刷新すれば、素晴らしい経営改善効果が得られるはずだ―。ITコンサルタントの口上に感化された経営者の多くは、情報システムの導入や刷新にこのような夢を見る。

 そうした経営者や役員が情報システムの開発に絡んだ場合、「理想のシステム」を構築しようと思い付きで指示を出し始めることがある。「新システムを構築するなら、流行のビッグデータ分析の導入も検討しろ」といった指示が典型例だ。

 ところが、いくら経営者が盛り上がっても、現場のユーザー部門がシステム刷新の必要性を感じているとは限らない。たいていのユーザー部門は、長年運用し、改良を重ねたシステムに大きな不満は抱えていないものだ。

 理想に燃える経営者と、現状に満足するユーザー部門。そんな両者のギャップを埋めないまま走り始めたプロジェクトは、いずれ迷走する。

 今回の事例は、経営者の理想に振り回されてシステム開発が迷走してしまったA社の事例を紹介する。

図 A社が顧客管理システムの構築で遭遇したトラブル
役員の「思い付き」で無駄な開発費を支払う羽目に
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顧客管理システムを新規開発

 A社は金融機関の情報サービス子会社である。親会社の取引先を主な顧客とする法人会員サービスを提供しているほか、経営コンサルティング事業、従業員研修の受託事業、委託調査事業などを手掛けている。

 このA社で、会員管理システムを刷新する企画が持ち上がった。同システムのリース期限が迫っていたのがきっっかけだった。

 A社の会員管理システムは元々、法人会員サービスを提供する会員事業部の専用システムとして開発したもの。主な用途は会員種別、会費納入、発送物の発送先などの管理である。

 コンサルティングなど他の事業の顧客情報は、それぞれの事業部がExcelで独自に管理しており、事業部間の連携はなかった。リピート案件よりも新規案件の方が多い事業部もあり、全社統一の顧客マスタは存在しなかった。

 親会社からA社に出向した役員がこの現状を問題視した。「各事業部の取引情報や引き合い情報を一元管理すれば、より戦略的な営業展開ができるはず」と考えたのだ。役員は現行の会員管理システムを刷新し、全社共通の顧客管理システムへと発展させることをシステム部門に指示した。

 これまでA社のシステム部門は情報システムの開発を手掛けたことはなかった。同部門が担当していたのは、ネットワークやOAツールなどインフラの管理にとどまっていた。困ったシステム部門は新システムの設計と開発を外部のITベンダーに一任することにした。こうして新たな顧客管理システムの構築プロジェクトが始まった。

仕様を決めようにも現場ニーズなし

 だが、プロジェクトは最初からつまづいた。システム設計の前提となる要求仕様を確定できなかったのだ。

 役員の思い付きで顧客情報を一元管理すると決めたものの、現場の事業部にはこれといった一元化のニーズはなかった。各事業部の営業活動もそれぞれの事業部が親会社の関連部門と連携して進めており、A社内のほかの事業部の取引情報やアプローチ情報を参考にしたいとの要望はなかった。

 顧客企業も各事業部のサービス内容は一体と考えておらず、たとえば法人会員だからと言って経営コンサルティングまで依頼するような動きはほとんどなかった。

 現場からの具体的なニーズが出てこないと、どの情報を管理するかを含め、設計仕様を決めようがない。

図 A社が決定できなかったシステムの仕様や運用方式
現場のニーズを無視した結果、システムの仕様を決められず
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 システム部門とITベンダーは各事業部へのヒアリングを途中で打ち切った。現行の会員管理システムをベースに、管理すべき情報項目を考えられる限り盛り込んだシステムを設計、開発することにしたのだ。まずは機能を盛り込んだ上で、あとは各部門が勝手に使い道を見出してほしい、との考えだった。

 こうした経緯のもと、システム部門とITベンダーは新システムを構築し、各事業部の代表者にお披露目した。

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