オリンピックにはハンマー投げ選手として2000年のシドニー大会から2012年のロンドン大会まで連続出場した。2004年のアテネ大会では陸上・投擲種目でアジア初となる金メダルを獲った。2012年ロンドン大会では38歳になる年に銅メダルを獲得。41歳、2016年リオデジャネイロ大会の出場も目指したが、選考会で代表に選ばれず現役を引退した。現役時代は日本人として初めてオリンピックと世界陸上競技選手権大会の両大会で金メダルを獲得し、日本陸上選手権大会では20連覇した。

 現役中から私は後進の指導のほか、体育学を学び、スポーツ医学の観点からアスリートの怪我の予防や競技力の向上の研究を行ってきたが、現在はあわせて東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツ局長を務め、大会の成功に向けて尽力している。

リオ大会で試された選手のたくましさ、どんな条件でも自分の力を発揮できる工夫を

 リオデジャネイロ大会では、選手のたくましさが試されたと思う。オリンピックに出場する選手は競技力が優れていることに間違いはないが、食事や言葉などが違う国ではストレスを感じ、力を出せないことがある。どんな条件でもよい成績を上げる選手は環境の変化をストレスに感じないで、どこでも力を発揮できるたくましさがある。それを身に付けるには、私の経験から言うと、まずは今の自分が恵まれていることに気付くことだ。

 私は若い頃、マイナス20度にもなる真冬のロシアで武者修行したことがある。厳しい環境でトレーニングする選手の姿を目の当たりにすると、食事や宿泊環境、練習環境など様々な面で日本は恵まれていると感じる。現役の選手は自分が恵まれた環境にあることを自覚し、日々の練習に取り組んでほしい。

 ハンマー投げは取っ手とワイヤーにつながる16パウンド(7.26キログラム)のハンマーを遠くへ投げる競技。16パウンドは、ボウリングの一番重い16号のボールと同じ重さだ。それを直径7フィート(2.135メートル)の円形の場所で3回転もしくは4回転して遠心力で投げる。ただ回っているように見えるかもしれないが、ブランコを漕ぐ原理でハンマーを加速させていく。一番加速するリリースでは脚力、腕力、背筋など全身を使って投げる。

 しかも、投擲は決められた防具ネットの間口6メートルのゲートを通さないといけない。私の自己ベストは84.86メートルだが、この80メートルの距離を投げるとしたら、ネットをかすらないでハンマーが通過できるタイミングは約0.04秒しかない。たとえていえば、時速600kmで走行するリニアモーターカーの車中から外を通過するサッカーゴールにボールを投げ入れるくらいのタイミングだ。チャンスは一瞬。投擲方向を見てから投げたらネットに当たってしまう。かなり前から予測して投げる感覚が重要になる。

スポーツを科学することが大事、闇雲に練習しても成績は残せない

 筋力、感覚すべてを鍛えるため、現役時代は鉄やゴム、木や石、水など様々なものを使って投擲の練習をした。例えば岩。持ち上げようとすると、まずはどこを持つと持ちやすいかを見る。次に触ってみて手に引っ掛かるところを見つけ、それから膝を曲げるというように感覚と筋力をフルに使う。筋力だけではなく、自分に眠っているすべての感覚を呼び覚ます必要がある。このトレーニングで自分の持っているものを最大限に引き伸ばせた。

 スポーツを科学することが大事だと考え、科学的なトレーニングも積極的に取り入れた。フォームの可視化・可聴化はその1つだ。自分のフォームをビデオに撮ってチェックするほか、ハンマーに可聴化するセンサーも使い、加速すると音が変化して鳴るようにした。自分の動作が効果的にハンマーに伝わっているかどうか、フォームを見ただけでは分からないことを音で研究した。

 私の父はかつて12時間連続でハンマーを投げ続けて練習した。しかし、記録は改善されずむしろ下がったという。そこでカメラを使って自分が投げる姿を撮影し、フォームを改善した。客観的に自分を見つめなければ、成長できない。練習は裏切らないという声があるが、「正しくやれば」という条件が必要だ。

 現役を引退し、これまで学んだスポーツ科学の知見を生かし、後進の指導に役立てる所存だ。それには新たなテクノロジーも積極的に取り入れたい。テクノロジーを使えば、物理情報を運動中に感覚情報としてフィードバックしたり、筋肉に直接刺激を与えて身体運動を学習させることも将来的には可能だろう。

 日本はリオデジャネイロ大会で金メダル12個を含む計41個のメダルを獲得した。金メダルの数は1964年の東京大会とアテネ大会の16個に及ばなかったが、メダル獲得数は過去最高を記録した。パラリンピックでは金メダルはなかったが、メダル獲得数は過去最高を更新した。2020年の東京大会では選手が思う存分実力を発揮し、これを上回る成績を残すことを期待している。それには様々な分野の皆さまのご支援が欠かせない。

出典:日経コンピュータ 特別レポート版
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