日本企業にイノベーションが足りないと言われて久しいが、それは世界中の企業の悩みだ。イノベーションは世界の経営学者の最も重要な研究テーマの1つでもある。長年の研究から、イノベーションを起こすために何が必要かということもだいぶ分かってきた。

知の探索と進化イノベーションはこの両輪で挑む

 イノベーションの第一歩は、新しい知やアイデアを生み出すことだ。それは知の組み合わせによってなされるが、人間はどうしても目の前にあるものだけを組み合わせる傾向が強い。なるべく遠くの知を探索して、自分が持っている知とどんどん組み合わせてみることが重要である。これを専門用語で「エクスプロレーション(知の探索)」と言う。

 この好例が、トヨタ生産方式である。考案者と言われる大野耐一氏は、のちに副社長まで務めた伝説のエンジニアで、米国で当時まだ日本になかったスーパーマーケットを見て、そのモノや情報の流れを自動車生産に応用することを思い付いた。スーパーマーケットと自動車という組み合わせが、世界に冠たるトヨタ生産方式を生み出したのだ。

 カルチュア・コンビニエンス・クラブが運営するTSUTAYAも意外な組み合わせから生まれた。創業者の増田宗昭氏が目を付けたのが、消費者金融のビジネスモデルだ。当時はCD1枚の販売価格が大体1000円で、レンタル料が3日で100円ぐらい。TSUTAYAからすると、1000円で仕入れて、3日で100円取れる。仕組みは消費者金融の利子と同じだ。

 イノベーションの第一歩は知の探索だが、それを形にするには深掘りも必要だ。どんどん組み合わせてみて「ここはいけるぞ」と思ったら、そこを深掘りしていく。これが「エクスプロイテーション(知の進化)」と呼ばれるものだ。2つをバランスよくできれば、イノベーションを起こせる確率が高くなる。

 日本では知の進化の方に偏りがちだ。知の探索の作業は大変だし、失敗も多い。予算が付けば成果も求められる。そこですでにできている組み合わせで取りあえず収益を立てようとする。これを続けると、中長期的な知の探索が疎かになり、結果的にイノベーションが枯渇する。

失敗を許容する文化を築き、他業界の人材を積極的に採用する

 イノベーションを促すには、知の探索を担う人材に対して、会社として失敗を許容することが大切だ。某アパレル系のベンチャー企業はKPIから「成功」「失敗」という言葉を外した。ネット企業のサイバーエージェントは「いかに安心して失敗させるか」が社内ポリシーだという。人事評価の仕組みとひも付け、知の探索を支援しているのである。

 ダイバーシティーの推進も重要な要素だ。これをイノベーションの手段と位置付け、違う業界からも人を採用する。異なる知見や考え、経験や価値観を持つ人たちが社内に集まり、知の探索がやりやすくなる。

 一方、経営学にはソーシャルネットワーク分析という手法があり、どういう人脈を持つ人がパフォーマンスを発揮しやすいかがある程度分かってきている。一番よく知られているのが「強い結び付き」と「弱い結び付き」という考え方で、パフォーマンスが上がりやすいのは、弱い結び付きの方だ。

 例えば、AさんとBさんが親友で、AさんとCさんも親友だったら、BさんとCさんが知り合う可能性は高い。互いの結び付きは強くなるが、広がりはあまりない。それに対して、AさんとBさん、AさんとCさんがただの知り合いなら、BさんとCさんが親密になる可能性は低い。互いの結び付きは弱いが、そこから別の人を紹介されたりして人脈が遠くに伸びていきやすい。しかも、弱い人脈は簡単に作れる。結果的にさまざまな考えを持つ人たちが発信する情報が、効率的に流れてくるというわけだ。

 これを日本の会社で言うと、チャラ男でありチャラ子だ。本当にチャラチャラしているだけではダメだが、チャラ男・チャラ子的要素は大切だ。だが、それだけでイノベーションを起こせるかと言うとそうでもない。創造的なアイデアを実行まで持っていくには、強い結び付きが必要だ。創造的なアイデアほど稟議書が上がりにくい。しかし社内に強い人脈があれば根回しできる。つまりイノベーションを起こすには、2種類のまったく違う人脈が必要なのだ。若手にはチャラ男・チャラ子になって社外で弱い人脈を使ってもらい、きらりと光るアイデアを出してきたら、それを目利きの上司が社内人脈を使って上げてやる。そういうペアリングが大事だと思う。

 実際、感度の高い経営者は新しい取り組みを始めている。ロート製薬は社員の副業を解禁した。ヤフーは週休3日制に舵を切った。いずれも本業以外の分野で視野や人脈を広げてほしいという狙いがある。知の探索と進化がイノベーションを生む。これは世界の経営学の常識だ。皆さんの会社の飛躍のヒントになれば、これほどうれしいことはない。

出典:日経コンピュータ 特別レポート版
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