今、世の中は、モノの製造のあり方を変える3Dプリンティングや、人間のような判断能力を備えたロボティクスをはじめ、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、量子コンピュータ、生命情報学といった先端技術によって大きく変わろうとしている。そうした技術と密接にかかわり、新たな価値を創造していくうえで、中核的役割を担うのがAI(人工知能)だ。

 まずは、経営者が、この新たな事業環境下で自社の戦い方であるグランドストラテジーを示すことが重要になる。

企業価値創造のための3つのレバー

 AIの活用によって、企業価値を創出するパターンは大きく3つある。1つめは、人間や組織の経験値をコンピュータに移植し、業務活動の生産性を飛躍的に向上させるというパターンだ。

 例えば、かんぽ生命では、保険の査定業務にAIの技術を活用している。保険の査定業務にはかなりの経験値が求められる。その暗黙知である査定ノウハウをAIに移植することにした。導入したのは、自然言語処理と機械学習によって、大量のデータから洞察を得るテクノロジープラットフォーム「IBM Watson」。500万件にのぼる過去の履歴をWatsonに学習させた。導入後の査定プロセスとしては、保険金請求に対してWatsonが確認すべきポイントを提示し、併せて参考となる過去事例を確信度付きで示す。それを人が見て最終的な判断を示すという流れになる。これによって、今までベテラン担当者だけが行っていた業務を、比較的経験の浅い担当者でも実践できるようになるだけでなく、査定スピードもアップするという効果を狙っている。

 AIによる価値創出パターンの2つめは、人間には不可能な莫大量のデータを処理することによって、深い洞察を獲得するというものだ。例えば東京大学医科学研究所では、医師によるがんの診断支援にAIを適用した。現在、がんに関する論文のほとんどはデジタルデータ化されているが、仮にそれをすべてA4の紙に出力して積み上げると4000メートル、富士山の高さを超えるという。それに患者のDNAデータや臨床データなどの情報を加えて総合的に診断を行う必要があるが、容易なことではない。そこで同研究所では、Watsonを導入して膨大なデータを処理し、医師による的確ながん診断の実現に役立てている。

 そして、3つめのパターンは、知能化したハードウエアやそれに付随するサービスが顧客に新たな“体験”を提供するというものだ。これに関する事例としては、自動車メーカーが取り組む高度運転支援や自動運転の機能が挙げられる。クルマに搭載されたセンサーが画像認識を行い、障害物が飛び出してきた時に安全にクルマを停止させるなど、様々な運転支援機能を実現している。

 このほかにも、賢くなったハードウエアが、今までは考えられなかった体験を提供し始めている。Amazon EchoやGoogle Homeなどの家庭用の音声AIアシスタント、建設機械メーカーのコマツのスマートコンストラクションなどがその例である。米GM社は「OnStar」と呼ばれるクルマのダッシュボードを利用した情報提供サービスの開発を進めている。

AIの働かせ方と差別化のための教育

 IBMでは、AI時代の新たなアーキテクチャを提唱している。それは、大きく4つの層で構成され、下層から順に「クラウド層」「データ層」「AI層」「アプリケーション層」と呼ぶ。AI層には自然言語処理や画像解析などAIの個々の機能に応じたAPI(Application Programming Interface)が、アプリケーション層にはセキュリティや顧客対応などの業務、あるいは医療や物流など業界に応じたAPIが用意され、それらを組み合わせてアプリケーションを構築する。

 AIによる価値創造を実現するために、「データ戦略」策定と「AIソーシング」がIT部門の重要な役割となる。

 データ層では、社内外のデータを調達、加工し、利用することで、価値ある洞察を引き出し差別化された顧客体験を提供、あるいは自社の業務の高度化に利用する。そうしたデータ加工やデータ利用におけるAI活用も大きなテーマだ。

 自社の強みである技術や経験値、ノウハウなどの知識を体系化し、他社と差別化するためのAIと、翻訳などのようにコモディティ化された標準的なAIとを明確に意識して使い分けることがポイントになる。特に、差別化のための独自のAIについては人材同様に、自社で教育し育て上げていく必要がある。AI教育は、従来の要件定義/概要設計に相当する。またAIが使う知識体系である「コーパス」の整備が重要である。コーパスも差別化の源泉となるからだ。

 最後にAIの実装では、技術を提供する側が徹底的にユーザーを理解し、何を求めているのか、AIで何ができるのかを考える。小さく始めて、ユーザーからのフィードバックを得て修正していくプロセスを短サイクルで回す「リーン・スタートアップ」と、実装の試行錯誤を素早く繰り返す「アジャイルな開発手法」が鍵となる。

出典:日経コンピュータ 特別レポート版
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