「提案書は内容が良ければ、紙1枚でも通るんだ」と豪語した人がいる。筆者が仕事をしたことのある会社の取締役だ。彼の指揮下の提案チームの一員として、紙1枚の提案書を作成したことがある。提案金額は3000万円くらいだった。

 提案書の作成は大変な作業である。複数名のメンバーで、短期間で何十ページにもなるドキュメントを、品質高く作らなければならない。規模が大きくなると指数関数的に統制が取れなくなっていくのは、システム開発プロジェクトと同様だ。

 そのシステムの提案書作成は最初、PowerPointを使って進めていた。新規顧客ではなかったが、案件としては継続ではなく新規の提案内容を組み立てる必要があった。しかし、提案チームは提案経験の少ないSE出身者の寄せ集めで、出てくるのは意味不明なポンチ絵と論理性のないテキストばかりでなかなか作成が進まなかった。

 提案責任者の取締役は戦略コンサルティング会社の出身だったが、資料の出来の悪さに業を煮やして言ったのが冒頭の台詞だ。A3用紙のWordで2段組、しかもモノクロで提案書を作成することになった。これはいろいろ理にかなっていて、提案経験の少ない当時の筆者は、そんなこともあるものかと感心したものである。

 まず、提案書は文字主体の資料である。誤解している人もいるが、提案書はPowerPointで作られたとしてもプレゼン資料ではない。ポンチ絵とキーワードを並べて、口頭での説明を補足するという使い方ではないのだ。契約内容を補足する役割まで果たせるように、伝えたいことを明確に緻密に書き込んだテキストが主体になる。

 こうしたテキスト主体の資料を作成する場合は、PowerPointよりもWordのほうが全体統制がしやすい。テキスト枠の配置など余計なことに悩む必要がないし、編集履歴の機能を使えば複数名での共同作業もやりやすい。

紙1枚の提案書は「ちょっとねえ」

 こうして、紙1枚提案書の作成が始まったが、実際は一層難航した。まず、Wordはテキストの扱いが得意だが、図の配置の制御は難しい。言い回しを少し変えた結果、改行が発生してその下にあった図が別の段に飛んでしまう。また、1ページという制約は、最初からは守れないので、途中までは1ページを超える。超えた分を収めるために余計なことに頭を悩ませる。

 しかも結局、テキストが論理的でないという問題は、PowerPointをWordに変えたところで解決しない。内容が良くなければ、どんな形態でも通らない。結局、夜を徹して修正し、提案当日の朝に学級新聞のような提案書が出来上がったのである。

 取締役のプレゼンでは、別紙の補足資料も用意してあったが、それを使うこともなく、A3用紙1枚の提案書を見事に説明してのけた。顧客からの質問にも的確に答え、納得してもらえた。質疑応答が終わると、提案への感謝の言葉をいただいた。そして、言い添えた言葉が「内容は良いんだが、この額の提案を紙1枚というのはちょっとねえ」だった。

 しかし、驚いたことに、結局その提案は通ったのである。冒頭の発言は正しかったのだ。ただし、「PowerPointで書き直して再提出すること」という条件付きなので正しさ半減ではある。

 今は、私にも提案を受け取る側の気持ちが分かる。大きな会社であっても、数千万円の提案を独断で決められる裁量を持っている人は少ない。受け取った提案書を使って社内で説明しなければならない。「その提案は1ページしかないですが、大丈夫なんですか?」という質問に自分が説明をしなければならない。こんな余計な仕事を増やされてはたまらない。

 提案書は、提案して役割を終えるのではない。提出した先でさらに働き続けるのだ。そのことも踏まえて準備した提案書が良い提案書なのである。

出典:日経SYSTEMS 2017年7月号 p.114
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