戦うスタンスは明確か?
イラスト:ハタパグ
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 それにしても仕事量が多い。

 定常運用の業務はもちろんのこと、トラブル対応、ユーザーからの要望ヒアリングや問い合わせ対応、ときにクレーム対応まで、3人は休まる暇がない。なかなか残業時間を減らせず、舞子はもどかしい思いでフロアを見つめる。

 特にすけさんの仕事ぶりが気になっていた。

 ある程度のところで投げ出すアーサーはさておき(どうかと思うこともあるが)、すけさんはどんな仕事もとにかく我慢強く丁寧にこなす。その長所は認めつつ、いかんせん時間がかかるのがリーダーとしては悩みどころ。いまも、ユーザーからの長電話に捕まっている様子だ。

 「はい。はい。それでは、検討したうえで折り返しますので、いったん電話を切りますね」

 どうやら一段落したようだ。すけさんが受話器を置いたのを確認し、舞子が駆け寄る。

 「すけさん、いったいどんな用件を受けていたの?」

 「ええ。購買部の材料調達チームの課長代理さんからで、購買システムが分割検収に対応していなくて困っていると。で、運用対処の要望をされましてね。いわく、検収をする度に注文番号と日付と金額をメールで伝えるから、うち(購買システムの運用チーム)でシステムにデータを流して、分割検収になるように処理してくれないかと。で、これから具体的な対応方法を考えようと思っています」

 穏やかな口調で語ってはいるが、なかなか重たい話だ。ハイそうですかと見過ごすわけにはいかない。

 「ううん…その話、受けちゃダメなんじゃない?そもそも、購買システムの仕様を決めたのは購買部さんなんだしさ。『仕様です、どうにもなりません!次の改修まで待ってください』で切り返したらどう?」

 購買システムで分割検収が未対応になっていることは、以前から問題になっていて、インシデントとしても登録されている。次年度の機能追加の最優先事項にもなっていることだし、それまではユーザー側の運用対処でしのいでもらうしかない。

 「ほほう。言われてみればそうですね。分かりました、すぐ電話して丁重にお断りします」

 あっさり納得してくれたすけさん。その大きな手で、再び受話器を持ち上げた。

 「あの、並木さんちょっといいかな?」

 課長の衣笠から、背中越しに声をかけられる。

 「ひとつ、相談があるんだ。ナレッジ管理チームから、こんな協力依頼を受けていてね…」

 舞子は衣笠と向き合った。

 情報システム部、ナレッジ管理チーム。社内のシステム開発や運用のノウハウ、成功事例(時に失敗事例)をナレッジ化する専門部隊だ。ナレッジマネジメントの学会にも参加していて、たびたび事例も発表していると聞く。

 ――そのナレッジ管理チームが、うちのチームにいったいなんの用かしら?

 「なんかね。購買システムの運用チームで起こっているトラブルや対応事例を研究して、ノウハウ化したいんだって」

 聞けば、システムリリースから安定稼動に至るまでの業務トラブル、システムトラブルの事例と対応を調査し、論文にしたいとのこと。そこで、立ち上がって間もない購買システムの運用チームに白羽の矢が立った。こういうことだ。

 「申し訳ありませんが、いまアカデミックなことにお付き合いしている暇はありません。課長も状況はお分かりでしょう?」

 アリア機械では「さん付け呼称」が定着していて、上位者を役職名で呼ぶことはほとんどない。舞子は嫌味をこめて、衣笠をあえて「課長」と呼んだ。

 「そうなんだけれど。協力しますって言っちゃったんだよね…」

 目を泳がせて横を向く衣笠。まるでひとごとのように語るその横顔に、舞子は鉄拳を食らわせたくなった。

 次から次へと、色々な仕事が振ってくる。全ての仕事に時間をかけていたのでは、到底回らない。メンバーは頑張って1つ1つの仕事に正面から向き合って戦っているけれど、それって正しいのだろうか?時には「逃げる」ことも必要ではないか?

 舞子の頭の中に、ドラクエのコマンドがちらついた。

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