便利だからと油断するな
イラスト:湊川あい
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 始業前。フロアに電話の音が鳴り響いた。朝早くからいったい何だろう。 舞子は紅茶のペットボトルを片手に、受話器を取り上げた。

 「はい、購買システムチーム、並木です」「おはようございます。監視チームの王です。昨夜のバッチ処理が異常終了しましたので、お伝えします。経理システムに連携されなかった支払いデータがあります」

 アリア機械の情報システム部では、システムの監視業務を中国のグループ子会社に委託している。システムの挙動や処理の異常を検知すると、こうして日本側の担当チームにエスカレーションしてくる。

 それにしても、バッチの異常終了とは。朝イチの電話に、ロクな知らせはない。舞子のさわやかな気持ちは、一気に吹っ飛んだ。

 「それよくあるヤツです。原因はよく分かんないっすけど、とりあえずバッチ再走行させれば、何とかなっているので、今回もそうします」

 息切れ切れに答えるアーサー。今朝も元気に、遅刻ギリギリで駆け込み出社なさった。

 原因が分からないのは気持ち悪いが(アーサーは全く気にしていない様子だが)「いつもそうしている」とのこと。既に王さんへの指示を済ませたという。ここはとりあえず、アーサーの言葉を信じよう。舞子はそれ以上、考えるのをやめた。

―――――

 今日も朝から、てんやわんやだった。朝イチのエスカレーションに始まり、新入社員アキナの育成面談。果てしなく長い開発会議から、ユーザークレーム対応。やっと昼食にありつけた。と思ったら、課長の衣笠から面倒くさい突発オーダーが振ってきて、ひと悶着。

 今夜もドラクエで嫌なことを忘れて、気持ちよく床に就こう。舞子はコントローラーを握った。

 まもなく戦闘画面に切り替わる。たいして強くもないモンスターが5匹。そのうちの1匹は、どことなく衣笠に似ている。

 「とりあえず、この程度のザコキャラには炎の呪文でも浴びせとこ。うりゃ!」

 手早くコントローラーを操る舞子。既に画面のどの位置に、どの呪文があるか、右手の親指が覚えている。

 攻撃呪文って便利よねー。何も考えなくても、敵を一網打尽にしてくれるんだもの。

 ところが今回はそうはいかなかった。1匹だけ、呪文が効かない強敵が混じっていたのだ。すぐさま強力な攻撃呪文で反撃される。

 ドギャッ!フギャッ!!バスバスバスッ!!!

 痛々しいダメージ音。勇者まいこ率いるパーティー、まさかの全滅!

 「しまった、油断したー!」

 深夜のワンルームマンションの一室。舞子の声とレクイエムの曲がむなしくハーモニー。今日はもうやめだ。ふて腐れて、舞子はベッドに潜りこんだ。

 「なんだか、すごく嫌な予感がするな」。胸騒ぎを抱えたまま、舞子はまぶたを閉じた。

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