「寒い・・・」

 そのとき私は冷え切ったマシン室でコンソールに向かっていた。マシンの動作音と凄まじい空調の音が聞こえる。周囲を見渡しても一面の白っぽい無味乾燥な風景が広がっているだけだ。

 とにかく冷たい。氷に周りを囲まれているようだ。がたがた震えながら私は専用端末の接続確認テストに取り組んでいた。

 マシン室はある大手金融機関の本店にあった。ソフトハウスの社員であった私は数カ月前、メーカーを通してその金融機関に派遣され、ネットワーク構築のプロジェクトに入れられた。

 それまで派遣されていた別の現場ではシステムの基本設計・詳細設計とプログラミング(アプリケーションの設計・プログラミング)だけをやっていた。その私がなぜ、ネットワークを構築するためにマシン室へ放り込まれたのか、今もって分からない。

 契約上の私の立場が派遣であったのか請負であったのか、それも定かではない。当時の上司から、その金融機関にメインフレームを納入していたコンピュータメーカーのSEだと名乗るように命じられ、私はそれに従った。

「とにかく終わるまで我慢しろ」なんて無理

 ネットワークの構築プロジェクトとは、その金融機関の本店に置かれていたメインフレームと各支店にある専用端末をつなぎ、動くようにすることであった。

 冷凍室のようなマシン室でやらされたのは、新しい専用端末の導入に伴う本支店間の通信接続テストであった。本店のマシン室にあるコンソールからメインフレームの通信装置に対し、パラメータを設定する。それが私の仕事だった。設定が正しければ支店にある専用端末が正常に動くはずだ。だがそうならない。

 一刻も早く通信テストを終わらせて、こんなところから出たい。一緒に入室したメンバーは皆、私と同じことを思っていたに違いないが、通信接続テストはなかなか終わらない。

 体が冷えきってくると当然のごとく尿意を催す。マシン室内にトイレがある訳がない。ところが仕事が終わらない限り、外に出ることは許されないので我慢して作業を続けるしかなかった。大抵の場合、いったん冷凍室のような場所に入ると、4、5時間ぶっ続けで作業をやらされた。

 その“冷凍マシン室”には私と同じような立場の若手がいた。普段はとても明るく、カラオケに行くと賑やかな歌を進んで歌い、場を盛り上げるような人柄だった。あるとき彼が「トイレに行きたい」と泣きそうな声で訴えたことがあった。プロジェクトの担当チーフに退室許可を得ようと内線電話で連絡したが、チーフの指示は「とにかく終わるまで我慢しろ」というものだった。

 この担当チーフは客に対するポーズばかり気にしており、実際には意味がない指示を出すことが多かった。冷凍室に閉じこめていたのは、マシン室への入退室許可を客からとるのが面倒だったからに違いない。手洗いに行かせなかったのも同じことだ。

 現場の我々にとってはたまらない。私と同じような立場でマシン室に派遣されていたその若手はなんとか接続テストの終了まで耐えぬいたが、退室した際には顔色は青白く、唇は鉛色に変色していた。目つきは虚ろでぶるぶる震えていた。

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