長い間日本上陸の噂が絶えなかった音楽ストリーミング配信サービス「Spotify」が2016年9月、ついに日本上陸を果たして話題となった。制限はあるが無料での利用も可能など、いくつかの施策を打ち出すSpotifyのサービス開始は、日本の音楽シーンを大きく変えられるのだろうか。

ようやく上陸を果たしたSpotify

 日本では2015年、サイバーエージェントとエイベックス・デジタルが共同で展開する「AWA」や、LINEの「LINE MUSIC」、そして米アップルの「Apple Music」などが相次いでサービス提供を開始し、注目を集めるようになった音楽のストリーミング配信サービス。その後もグーグルの「Google Play Music」などが参入してサービスの充実が進んでいる。そうした中にありながらも登場が期待されていたのが「Spotify」である。

 Spotifyはスウェーデン発の音楽ストリーミングサービスであり、この分野の草分け的存在となっている。2008年にサービスを開始しており、既に欧米を中心として世界各国でサービスを展開し、世界的には最も人気の高いメジャーな音楽ストリーミングサービスとなっている。

 Spotifyは4000万曲という豊富な楽曲数をそろえている点にも強みがあるが、日本で展開する他の音楽ストリーミングサービスと比べた場合の最大の特徴となっているのは、有料だけでなく、無料でも楽曲をフル再生できる点にある。

写真1●音楽ストリーミングサービスのSpotifyは、有料だけでなく、再生方法などに制限があるとはいえ無料でもフルの楽曲を楽しめるのが大きな特徴だ。写真は11月10日のSpotify発表会より(筆者撮影)
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 もちろん、無料再生時は曲間に広告を挟むほか、スマートフォンでの利用ではプレイリストのシャッフル再生のみで、タブレットやパソコンでは楽曲を選んで再生できる「オンデマンド再生」が30日当たり最大15時間の利用に限られるなど、いくつかの制約が設けられている。だがそれでも、お金を支払う必要なくフルの楽曲を楽しめることは、ユーザー側からしてみればハードルが低く利用しやすいのは確かだ。

 無料サービスの提供は、日本の音楽レーベルから楽曲提供を受けられない要因につながったと言われるなど、日本でのサービス展開においてマイナスに働いた部分もある。だが他の音楽ストリーミングサービスがサービス開始してもなお、Spotifyの日本上陸に対する期待が高かったこと、そして音楽ストリーミングサービスの増加などによる市場環境の変化などから、いくつかの音楽レーベルは方針を変更、楽曲提供を開始した。今年9月にはSpotifyは日本上陸を果たすこととなった。

日本の音楽市場に向けたSpotifyの戦略

 Spotifyが日本でサービスを開始したのは9月29日で、当初は事前登録制を敷いていた。だが11月10日には事前登録制が廃止され、誰でも利用できるようにするなど、本格的にサービス展開を進めている。

 11月10日の本格サービスインに合わせて実施された記者説明会で、Spotifyを運営するスポティファイ社の日本法人、スポティファイジャパンの代表取締役の玉木一郎氏は、9月からのユーザー利用動向で、日本での特徴的な傾向がいくつか見えてきていると話す。1つは、プレイリストからの再生回数が多く、3分の1はアーティストなどを検索して再生するのではなく、プレイリスト経由での再生になる点だ。

 そしてもう1つは、ゲームをプレイしながら、そのBGMとしてSpotifyを利用するケースが多いこと。ソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation 4」などで提供している音楽サービス「PlayStation Music」でSpotifyが採用されており、ゲーム機器との連携もしやすくなっている。

 またSpotifyのサービスに関しても、日本でのサービス展開に合わせて、日本でニーズの高い歌詞表示機能を追加するなどの対応を実施。世界展開する強みだけでなく、日本に向けたローカルニーズへの対応を積極化し、サービスの魅力を高める考えのようだ。

 ただ、先に触れた通りサービスの特性から、スポティファイは日本の音楽レーベルとの関係構築に遅れを取ったと見られ、AWAやLINE MUSIC、レコチョクの「レコチョクBest」など同種の国産サービスと比べると、邦楽のラインアップには弱さが目立つ。どんなに曲数が多いといっても、日本ではJ-POPなど邦楽の人気が非常に高いことから、この点は日本市場を攻めるうえで、Spotifyにとっても大きな課題といえるだろう。

 では、Spotifyは今後、どのような形で日本での存在感を高めていこうとしているのだろうか。先の説明会では、やはり音楽を楽しむユーザーのメインストリームともいえる若い世代をターゲットとして、切り込んでいく方針を明確にしており、様々な日本のアーティストとの連携や、SNSなどで楽曲情報などを拡散しやすくすることで、バイラルでのユーザー獲得を目指すとしている。

 また、海外で広く展開していることを生かし、様々なオーディオ機器と連携してSpotifyを楽しみやすくする「Spotify Connect」を日本でも展開。日本には多くのオーディオ機器メーカーが存在することから、それらの企業と連携してSpotify対応のオーディオ機器を積極投入してもらい、音楽を楽しむシーンをより広げる取り組みも進めていくようだ。

写真2●Spotifyはグローバル展開している強みを生かし、多くのサービスやオーディオ機器との連携ができる点も、特徴として強く打ち出している。写真は11月10日のSpotify発表会より(筆者撮影)
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有料で音楽を聴く人を増やさなければ勝利はない

 日本レコード協会が発表した「日本のレコード産業 2016」を見ると、月額課金制で豊富な楽曲を楽しめるサブスクリプション型の音楽サービスは急拡大しており、2015年時点で123億円規模にまで拡大している。そうした規模拡大の波に乗れば、後発のSpotifyにもチャンスはあると言えそうだが、一方で音楽配信全体の動向を見ると、サブスクリプション型のサービス同士の勝負に勝つだけでは、Spotifyが真の勝利には至らないことも見えてくる。

 というのも「日本のレコード産業 2016」を見ると、サブスクリプション型のサービスが伸びてもなお、有料配信自体の売り上げ規模は微増にとどまり、あまり伸びていないからだ。その理由は「iTunes Store」などに代表されるダウンロード型サービスの落ち込みにあり、中でも1曲単位でダウンロードする「シングルトラック」の金額は、2009年を境に年々売り上げが下落している。

 有料音楽配信の売り上げ規模があまり伸びていないのには、かつてこの市場の伸びを支えていた、フィーチャーフォン向け「着メロ」「着うたフル」などのサービスの衰退が大きく響いている。だが既にフィーチャーフォン向けサービスが減少しきった現在もなお、ダウンロード型サービスはあまり伸びておらず、サブスクリプション型の伸びで売り上げ規模をなんとか押し上げているのが現状のようだ。

 しかも、同資料から「音楽ソフト・有料音楽配信金額比率」を確認してみると、有料音楽配信が占める割合は16%と、CDや音楽ビデオなどを含んだ「音楽ソフト」の比率(84%)と比べ圧倒的に低く、ここ5年間の推移を見ると比率の減少は止まったものの、横ばい傾向が続いている。かといって、音楽ソフトの売り上げが伸びているわけではなく、こちらも減少傾向にある。そうしたことから日本では現在、CDも有料配信もあまり伸びていない。お金を支払って音楽を楽しむニーズ自体が減少している状況が見えてくる。

 その要因の1つとして、日本では海外と異なり、少子高齢化で音楽への関心が高い若い世代が減少傾向にあることが考えられる。

 故に日本市場においては、無料サービスや多くの機器との連携などの強みを生かし、有料で音楽を楽しむ層自体を拡大しなければ、Spotifyが真に勝利したとは言えないのではないかと筆者は感じている。

佐野 正弘(さの まさひろ)
フリーライター
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。