政府が検討している「情報銀行」。それを提唱していたのが、東京大学空間情報科学研究センターの柴崎 亮介教授だ。柴崎教授は、情報銀行について議論をしているIT総合戦略本部のワーキンググループに参加する有識者でもある。日経コンピュータによる柴崎教授へのインタビューを再掲する。


 GPS(全地球測位システム)データや鉄道の乗降データなど「人の動き」に関するビッグデータを解析し、防災や医療に役立つように可視化する。この一連の研究に取り組むのが柴崎亮介氏だ。個人のデータの蓄積が進めば社会はより良くなるとの考えの下、技術の研究に留まらず「情報銀行」の設立を推進する。

(写真:澤田 聖司)

データ解析の中でも、人に関わるデータの研究に注力されていますね。

 環境問題の解決や防災、医療、交通の最適化など、人に関するデータは活用範囲が幅広いことが特徴です。

 データを解析し環境問題を解決するというと、「人工衛星の画像を解析して森林の破壊状況を調べる」といった方法を思い浮かべる人がいるかもしれません。それも重要ですが、「人間」という要素が足りません。環境破壊につながる二酸化炭素を出しているのは人間です。人間の活動をモニターすることで、本当に環境問題の解決に役立つ省エネルギーのあり方が分かります。

 私の研究室では人に関わる膨大なデータを解析する技術を研究しています。データを正確に取得し、目的に合わせて蓄積・分析・加工することが基本です。統計学を利用することもあるし、地図などへの大量データのマッピング方法を考えることもある。目的に応じて人間に関わるデータに付加価値を加えることを研究しています。

どのような分野で活用が進んでいますか。

 今、携帯電話は世界中の人が持っています。携帯電話から取得できるGPSデータなど、人の移動に関する情報が代表例です。

3.11当日の人の動きを可視化

 携帯電話のGPSデータから2011年3月11日に発生した東日本大震災当日の都内の人の動きを示す動画を作成し、動画共有サイト「YouTube」で公開しています。この動画を見れば、「どこに人が滞留したのか」「帰宅する人はいつから動き始めたのか」などが明確に分かり、防災計画を立案する人にとって役立ちます。

 東日本大震災当日の人の動きは、空間情報科学研究センターと共同研究をしているゼンリンデータコムが保有する「混雑統計」と呼ぶ携帯電話のGPSデータを統計処理したものを利用しています。

 動画は、約25万人の携帯電話から最短で5分おきに取得した位置情報を処理して作成しました。位置情報は単なる座標ですから、これを解析して移動の情報として体系化し、地図にマッピングしています。

ほかのデータを利用すれば、応用範囲が広がりそうです。

 人の動きを把握するためのデータは様々な場所に、たくさん蓄積されています。データ量が増えれば精度は上がるし、リアルタイムで分かる情報も増えてくる。

 GPSデータは移動を表すデータですが、購買、健康、趣味、スケジュールなど人に関わるデータはほかにもたくさんあります。いわゆる「ライフログ」と呼ばれているデータです。ライフログを組み合わせて分析できれば、適用範囲はより広がります。

ライフログの活用はあまり進んでいないように見えます。

 そうですね。大きく二つの原因があると考えています。一つはライフログを持つ事業者と、活用したいと思う事業者が異なっているからでしょう。ライフログを所有する事業者も「積極的に利用すると個人情報の管理が甘いとのクレームが来る」と考えている状況です。

 もう一つは、自分のデータがどのように利用されるか分からないという「気持ち悪さ」があるからです。「匿名化する」と言われても、勝手に利用されたら嫌だと思う人は、まだたくさんいます。

ライフログ活用のために「情報銀行」という考え方を提唱されています。情報銀行が設立されれば、ライフログの利用は進むのでしょうか。

 情報銀行でライフログ活用の「気持ち悪さ」を払拭できると考えています。個人が喜んで自らのデータを活用できる仕組みがあれば、ブレークスルーが起こります。

具体的には。

 現在、個人のライフログは様々な事業者に散在しています。これを個人ごとに集める口座を作り、個人が自らの意思でデータを活用するかどうかを決められるようにする機関が情報銀行です。

 銀行にお金を預けると、利子が付いて返って来ますよね。この方法を模していることから“銀行”という表現を使っています。情報銀行は利子の代わりに、提供されたデータを活用したサービスや情報を個人に返すのです。

ライフログ集約が医療費削減に

(写真:澤田 聖司)

 ライフログが1カ所に集まれば、より多くのことが分かります。ライフログを預ければ預けるほど精度が高くなり、自分に合った付加価値が返ってきます。

 健康を気にする人であれば、通院や投薬のデータと食事のデータを組み合わせることで、「今後、あなたがかかりそうな病気」が提示される。ライフログを情報銀行に預けて、健康の予測サービスを受ける人が増えれば、病気にかかる人が減り、日本の医療費を減らすといったところまでつながる可能性があります。

情報銀行が出来ても、「利用するのが嫌だ」という人が出てくるのではないでしょうか。

 実際のお金でも、それを銀行に預けて利子を受け取る人がいる一方で、タンス預金を好む人もいれば、宵越しの金を持たない人もいます。

 同様に、情報銀行も自分のデータを活用してもらうことによって特別なサービスを受けたいと考える人だけが、利用することを想定しています。

 ですから情報銀行は政府などの公的機関が作るのではなく、一般の企業が運営するのが望ましいと考えています。

情報銀行はいつ実現するのでしょうか。

 データの分析やセキュリティといった技術については、もう実現できる段階にあると考えています。難しいのは、いったん漏洩した情報を回収できないこと。これは現時点では、解決できません。

 そこで情報銀行の主体となる事業者は、第三者機関から定期的に監査を受けることで信用を得る仕組みにすべきと考えています。こうした仕組みの整備に少し時間がかかるかもしれません。

“銀行”にデータ集め、より良い社会に

 柴崎氏の研究対象はグローバルだ。取材の前週にはバングラデシュに出向き、現地の携帯電話事業者や交通事業者と組んで、交通渋滞の緩和方法などを検討するプロジェクトに参加していたという。人の動きの研究について「携帯電話の基地局の接続状況を地図に重ねるだけでも、明らかになることが多い」と話す。

 技術の研究者である柴崎氏が「情報銀行」を提唱したのは、「もっと色々なデータが活用できれば、より良い社会になる」との考えからだ。2012年に開催された米国発のプレゼン大会「TED×Tokyo」に柴崎氏自身が登壇し、情報銀行を紹介した。TED×Tokyoで柴崎氏が行ったスピーチはYouTubeで見られる。

柴崎 亮介 氏
東京大学 空間情報科学研究センター 教授
柴崎亮介氏は1958年生まれの55歳。1982年に東京大学大学院工学系研究科土木工学修士課程修了後、建設省土木研究所研究員となる。1988年に東京大学工学部助教授、1991年に東京大学生産技術研究所助教授、1998年から東京大学空間情報科学研究センター教授。国際会議の委員も複数努める。
出典:日経コンピュータ 2013年3月21日号 pp.88-90
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