前回2回の連載で5月17日の大阪市の住民投票の結果についての総括はおおむね終わったと思う。今回は、今後、大阪はどうなるかを考えてみたい。

大阪問題が広く全国に流布

 ツイッターやブログの記事を見ると「都構想否決」のニュースに接し、「残念だ」「大阪は終わった」とか「日本も終わった」「(出るくい=橋下市長)を打つ国はだめだ」といった惜しむ声が目立つ。だが都構想は、所詮は大都市制度の変更でしかなく、大阪市役所がなくなって都になってもそのまま残っても住民サービスには大きな変化はない。もともとが地味なものであり、メリットもデメリットも明らかになるまで時間がかかる。つまり都構想は、成立してもしなくても、大混乱が生じるという性格のものではなかった。

 ところがその“たかが”制度改革に全市を挙げての住民投票が必要とされた。そのため、良くも悪くも大騒ぎになり、メリットもデメリットもともに誇張されたように思う。しかし、制度改革の差が大きく出てくるには早くて数年、おおむね10年以上かかる。「あの時決断していれば」とほぞをかむのはもっと後かもしれない。都になるかどうかというのは、高校生が「大学に行くか行かないか」を判断するようなものだ。一般的には行ったほうがいい、行けば大きな成功を収める可能性がある。しかし、全員が成功する保証はない。行かなくてもそこそこやっていける可能性も否定はできない。要は本人次第である。

 これに似た判断が都構想だった。

 しかし、「変わる」「変えよう」「変わらなければだめだ」あるいは「変えたらだめだ」「変えたらたいへんなことになる」と賛否両派が主張した。その揚げ句に国に法改正を迫ってまでやった住民投票の結果が否と出た。橋下・松井両氏や大阪維新の会のメンツがつぶれたというよりも大阪全体のイメージダウンは免れないだろう。

 大阪弁に「すかたん」という物言いがある。失敗、外れ、空振りという意味だが、都構想はまさにこれだ。大阪は全国に向けて「すかたん」をやってしまった。

 もちろん、いいようにとらえれば、都構想を巡る議論で大阪の課題、ひいては全国の大都市が抱える課題の深さ、そして政令指定都市制度の限界が広く明らかになった。住民投票を経て市民の自覚も高まった。しかし、同時に全国に「衰退都市・大阪」の実態が知られてしまったのも事実である。

 それでなくても、もともと「たこ焼き」「吉本」「タイガース」の大衆3点セットしか名物がないと揶揄(やゆ)されてきた大阪である(実際は豊かな上方文化や国宝などの文化財が多数あるのだが、京都と奈良の陰に隠れ、よそでは知られていない)。

 また大阪市民、特に高齢者が「問題を先送りし、後先を考えずに既得権益の保持に回っている」というネガティブなイメージが全国に流布された。また、行政や政治のプロに対しては「大阪は市民に危機意識がない街。首長を次々と使い捨てにする“難治の土地」”という印象を与えてしまった。

 加えて地下鉄民営化から保育所民営化、博物館の独法化にまでことごとく反対し続ける市議会の異様さという問題がある。残念ながら、これは他地域の企業に「君子危うきに近寄らず」「大阪に投資するのは不安」と思わせる材料として十分すぎるだろう。府議会も同様だ。住民投票否決の勢いを借りて、なんとカジノ誘致の調査費まで否決してしまった。誘致の是非は調査結果を見てから考えればよい。国が法案まで用意し、大阪のみならず各地の知事・市長が誘致に積極的な現状を無視し、ひたすら政争の具としてカジノを目の敵にして否定してしまった。まさに井の中の蛙を絵にかいたような光景である。

財政危機の予感

 以上は主にイメージの話だが、都構想の否決を経て、大阪の経済、財政、社会の実際はどうなっていくのか。

 都構想の目的としては広域行政の一本化による成長戦略が大きかったが、これについては橋下・松井コンビでかなり進んだ。関西空港と伊丹空港の統合、淀川左岸線(高速道路)の建設、モノレールの延伸検討、北大阪急行の延伸、泉北高速鉄道の民営化と南海電鉄への譲渡など、かなり進んだ。

 インフラ整備については10年くらいは大丈夫という見方もある。だが一方でカジノ誘致や産業戦略など、ここで手を緩めてはいけない課題も多い。次の11.22ダブル選挙で同一会派に属する大阪府知事と大阪市長が生まれなければ、また府市バラバラの路線に戻ってしまうだろう。

 ところで都構想には財政危機に対する防御策という意味もあった。府も市も困窮という現状に照らし、互いに合併し、財布を一つにして生き残るという戦略性があった。ダブル選挙直後の第1回の府市統合本部会議でもともと企業経営者の松井知事は「府市合わせて約8兆円の予算のうち5%分、4000億円程度は府市統合で削減できるはず」と述べたが、きわめてまっとうな見立てだった。ところが住民投票を否決し、橋下改革を否定することで大阪市民は「今まで通り」を望んだ。このまま推移するとどうなるか。大阪市は財政破たんする可能性がある。

 なぜなら相変わらず府との二重行政が解消できず、成長戦略の原資も見いだせなくなる。一方、議会改革は進まず、既得権益は維持される。企業は大阪を避け、成長戦略は停滞し、税収は回復しない。市役所の合理化は進まず、生活保護などが増え続ける・・・。早晩、つじつまは合わなくなる。もともと政令指定都市制度は大都市(政令市)に税源を与えず、府県の一部の仕事だけを任せてきた。都市はどんどん豊かになるはずという右肩上がりの時代の発想に基づく制度である。だが、昨今の実態は真逆である。生活保護の激増に代表されるとおり、大阪のみならず全国大都市はますます窮乏化しつつある。

本来は国が関与すべき

 ここで思い起こしたいのが、平成の市町村大合併である。あのときは窮乏する市町村を合併によって再生させようと、国が旗を振った。おかげで合併がかなり進んだ。都構想も財政面から見ると同じ構造で窮乏化する府と市を統合・合理化する。趣旨は全く同じはずだ。

 しかし、国は都構想に対しては終始、冷淡だった。当初は、時代遅れの政令指定都市制度の見直しを拒んだ。政治折衝を経てやっと大阪にも都区制度の導入を許す手続き法の改正が行われた。もともと国は大都市に対して無関心だった。おまけに今回は大阪維新の会という新興政治勢力が主導する制度改革であり、国としての戸惑いもあったのかもしれない。ともかくこのような国の消極姿勢はマスコミ報道にも影響を与えた。マスコミも総じて都構想に懐疑的で住民投票に際しても政見放送や特別番組すらほとんど準備しなかった。こうして都市の救済、財政再建の視点から考えるとどう見てもプラスのはずの都構想は、国の支援を得られず、既得権益勢力のデマと反対キャンペーンのもとで葬り去られた。

 自治制度は本来、住民が判断するのが理想である。だが、民主主義はどうしても目先の住民の利害を優先した決定に傾く。自治体が自ら将来の財政や都市戦略を考え、都市制度を変更することは容易ではない。一方、わが国では国はこれまで主に地方と都市の格差是正や過疎問題の解消、中山間地の市町村合併を主導してきた。しかし、今後は大都市制度の見直しにも目を向けるべきだ。今回の大阪の住民投票の否決はその意味では、大都市問題に対する国の関与のあり方に対しても大きな問題提起をしたといえるだろう。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山 信一(うえやま・しんいち) 慶應義塾大学総合政策学部教授。旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。国土交通省政策評価会委員(座長)、大阪府・市特別顧問、新潟市政策改革本部統括、東京都顧問および都政改革本部特別顧問も務める。専門は経営改革と公共経営。著書に『検証大阪維新改革』(ぎょうせい)、『組織がみるみる変わる改革力』(朝日新書)、『公共経営の再構築-大阪から日本を変える』(日経BP社)、『大阪維新 橋下改革が日本を変える』(角川SSC新書)、『行政の経営分析-大阪市の挑戦』(時事通信社)など多数。
出典:メールマガジン「日経BPガバメントテクノロジー・メール」2015年8月10日配信号から転載
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。