小池都政が誕生し、1年半がたった。各種報道は、2017年10月の衆院選を境に批判的内容が目立つ。しかし、都庁の現場の変化や政策の中身を吟味せずに書かれた印象論が多い。本来は、知事として組織と予算を動かした業績を評価すべきだ。筆者は行政学者だが、特別顧問の立場で都政改革にかかわってきた。現場での見聞を基にこれまでを振り返りつつ、今後を展望してみたい。

豊洲と五輪の見直しから出発

 2016年夏の知事選。3人の有力候補者の中で、既定路線とされていた五輪の巨額の予算と築地市場の豊洲移転の2つに対し、明確に見直しの必要性に言及していたのは小池氏だけだった。就任後、小池知事は早速見直し作業に入る。いずれもすでに予算化され、ほぼ着工済み(豊洲市場等は完成済み)の公共事業だった。

 わが国行政では着工済みの公共事業の見直しは極めて難しい。八ッ場ダムをはじめ、死屍(しし)累々である。しかし小池知事はそれに挑もうと決意した。当初はこの挑戦を無謀とみる向きが多かった。しかもこの2つの問題は深く、複雑に絡み合っていた。

 第1に「期限」である。築地市場の跡地は五輪の車両基地に使われる予定であり、どちらも2020年の五輪開催までに工事を終えなければならない。どちらも見直しに割ける時間が限られていた。

 第2に「疑惑」である。市場については、なぜ卸売市場に土壌汚染の疑いがある場所が選ばれたのか、なぜ5800億円もの費用が掛かったのか。利権が絡んでいるとの疑惑があった。五輪予算については舛添前知事が最終的に3兆円を超える可能性に言及していた。一方で会場選定の過程や工事計画などの情報公開が足りず、国民の間に疑惑が渦巻いていた。しかし、知事は検事ではないし過去にさかのぼって真実を調べる手法は限られる。疑惑解明への期待の大きさと実際にできることの間のギャップは大きかった。

 第3には議会の「反発」があった。特に都議会自民党は知事選以来のしこりに加え、今まで決めてきたことを次々とひっくり返される可能性への懸念が強かった。

 それでも小池知事は公約に沿って敢然と見直し作業を始めた。作業には専門家、第三者の視点を入れるべく、私をはじめ数名が民間から特別顧問、特別参与として加わった。

1年半で重い負の遺産を処理

 その後の経過は各種報道の通りだ。おしなべていうと豊洲について知事は早々に移転延期を決めた。その後、汚染地下水の存在などが発覚し、移転延期の決断は大正解と判明した。さらに立地選定や建設過程での過去の知事や都庁の不手際も明らかになった。一方で移転については白紙に戻して築地を再整備する計画なども出てきてすったもんだが続いた。また豊洲の環境対策工事の入札も遅れた。だがついに2017年12月に、2018年10月の移転予定が決まって一段落がついた。

 五輪予算の見直しについては、国際オリンピック委員会(IOC)および大会組織委員会との調整が難渋を極めた。知事は、調査チームの提言に従って都庁が自ら建設する施設の建設費を約400億円削減すると決めた。最終的に他の2者も合意したが、すでに決めた会場の移転や設計の変更については関係者の反発が強かった。全体予算については調査チームが最悪の場合、3兆円超となるリスクを試算して国際世論を喚起した。するとIOCが自ら東京大会の開催予算の軽減や調達プロセスの見直しを始め、ようやく予算の自然膨張構造にくさびが打ち込まれた。

 以上をまとめると小池知事は、就任4カ月後(16年末)には、公約の一つだった五輪予算問題に決着をつけ、さらにその1年後(17年12月)に2つ目の公約の築地市場移転問題にも決着をつけたことになる。

都議会改革

 都民が小池知事に期待したのは上記2つの問題の見直しにとどまらない。この2つの問題の裏には都議会のチェック能力に対する疑問があった。これについて小池知事は新規人材を入れた新会派「都民ファースト」を立ち上げ、2017年7月の都議選に打って出た。圧勝を経て、議会改革の礎ができた。一方で知事は公明党との連携関係も構築していた。この2つをもって都議会も知事の改革に協力する体制ができた(ただし、2017年10月の衆院選後の構造の変化は報道のとおり)。

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