国内での全曲演奏は実に約30年ぶり、世界でも10回ほどしか演奏されたことがない。そんなピアノ曲のリサイタルが2013年11月2日に「横浜みなとみらいホール」であった。440席の小ホールで演奏者とともに観客の視線を集めたのは、ピアノの譜面台に置かれたiPad(写真1、2)だった。

 演奏されたのは、2013年が生誕200周年となるフランス人のロマン派作曲家アルカンによる「すべての短調による12のエチュード 作品39」。弾き終えるのに2時間以上を要する大作で、リストの「超絶技巧練習曲集」をも量的に上回る。公演パンフレットには「交響楽的色彩を求めた分厚い和音」「非常識なほど半音階の連続」「尋常ならざる体力と柔軟さを必要とする」などと物々しい言葉が並ぶ。

写真1●初来日公演リハーサルに臨むピアニスト、ヴィンチェンツォ・マルテンポ氏
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写真2●iPadで楽譜を見ながら、Bluetoothで接続したペダルを踏んで楽譜をめくる
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 紙の楽譜は270ページ。プロの演奏家は演奏曲を暗譜するが、今回が初来日公演となったイタリア出身の28歳のピアニスト、ヴィンチェンツォ・マルテンポ氏は「集中力を保つために楽譜を置いておきたい」として、普段から使うAndroid版タブレット(多機能情報端末)にPDFファイルを表示しながら演奏することにしていた。

 招聘した主催者が彼の演奏スタイルを知って紹介したのがソニー出身のエンジニアである小池宏幸氏(37歳)と電子楽譜ビューア「piaScore」(写真3)。小池氏は2010年5月にplusadd(プラスアド、神奈川県川崎市)を1人で起業し、その年の12月にpiaScoreをリリースした。小池氏は第1世代iPadが発表された2010年1月に、iPadで使える楽譜ビューワーのデザインをツイッターで公表。すると3日間絶え間なく「作って欲しい」と反響が寄せられ、起業に踏み切った。

写真3●plusadd(プラスアド、神奈川県川崎市)社長の小池宏幸氏
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 piaScoreには、Bluetoothで接続した米国メーカー製のペダルを踏むと楽譜をめくれる機能がある。そのペダルが高価だという理由で、マルテンポ氏は自作したペダルをAndroid版タブレットに接続して演奏してきた。公演のわずか3日前に小池氏からpiaScoreを初めて紹介されると、その場で本番の演奏に使うと決めたという。

 これまで小池氏は、プロの演奏家がアンコール曲で使ったという話は何度となく聞いていた。だがpiaScoreを本番の演奏で使う演奏家に対面したのは初めての経験だった。今回は公演スタッフに加わって、自ら演奏前にiPadとペダルを設置。緊張した面持ちで観客席の最前列に座り、壮大な演奏を目の当たりにした。

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