シャープの苦境が連日伝えられている。苦渋の決断だったはずの台湾ODM大手の鴻海精密工業との提携交渉もはかどっていない。本社などほとんどの事業所に根抵当権が設定されるなど、概ね銀行管理下に入ったような状況といえる。

 苦しいのはシャープだけではない。パナソニックやソニーも大規模なリストラ策が報じられている。NECも7月末には株価が96円を記録し、見通しは厳しさを増している。

 こうしたメーカーが苦境に陥ることは、通信・放送業界で仕事をしている私自身の仕事にも影響が出る。しかしそれ以上に一消費者として、残念という思いが強い。何しろコンシューマーエレクトロニクスというくらいで、最終消費者に与える影響は大きい。

市場の急変にあまりにも鈍感だった

 なぜこんなことになってしまったのだろうか。

 各社個別の事情もあろうし、安易に結論を出すべきではないだろう。ただ、今の状況を見て思い出すのは、2年ほど前に国内メーカーでスマートフォン事業に取り組む人との雑談の中で出た、「何をやっても、結局それでテレビが売れるのか、という議論が社内ではすべてなんですよね」という話だ。つまるところ、やはりこれが問題の根源だったように思える。

 実は、この言葉を聞いたのはこの時が最初ではない。10年以上前、前職で情報家電に関する研究開発を支援していた時も、やはり同じ議論となった。情報端末にせよ家電にせよ、家庭内電化製品の王様はテレビであり、テレビへの寄与があってはじめて存在が成り立つ、というものだ。

 確かにこの10年、あるいはそれ以前から、家電メーカーを牽引してきたのはテレビ受像器の販売だった。売り上げへの貢献はもちろん、設備投資もそこに振り向けてきた。

 しかし過剰な傾倒の一方で、世界規模での市場環境の変化には、あまりに鈍感であった。例えば北米市場では、既にテレビ受像器はコモディティー化している。ウォルマートの店頭に行けば、もはや韓国製でさえもトップエンドであり、全体の7~8割は名前も聞いたことのない中国製メーカーのテレビで占められている。

「王様」たらしめる努力はあったか

 また、テレビが主力と言いながら、その生産技術の向上に本当にまい進できたのかも疑わしい。個別企業名を挙げることは避けるが、およそ商売になるとは思えないほどの歩留まりの悪化に陥り、サプライチェーンの中での信頼やポジションを徐々に失っていったという話も耳にする。

 テレビが王様と言いながら、その王様を王様たらしめるための努力を怠った─これが日本メーカー苦境の原因だとしたら、これは「裸の王様」の寓話ぐうわそのものだろう。もはや戦略レベルの問題であり、企業の生存を左右するのも、むべなるかな。

 そして企業全体の戦略課題である以上、テレビのみならず他分野の事業も、その寓話と連座させられてしまう。携帯電話など情報機器分野の不振も今となってみれば、ものづくり神話の功罪やソフトウエア指向へのキャッチアップ云々ではなく、組織内の論理による自滅の道だったのかもしれない。

 希望はわずかだが残っている。今をときめく米アップルでさえも、かつては倒産寸前まで追い込まれ、ライバルの米マイクロソフトの支援を仰ぐところから復活を果たした。今の日本家電メーカーの苦境は、逆に最大の、そして数少ないチャンスでもある。

 ただそのチャンスを生かせる企業は、時間の問題も含め限られるだろう。またあらゆる逆境を乗り越える強い意志も必要だ。それでもなお、日本に暮らす消費者として、いまこそ応援したいと思っている。

出典:日経コミュニケーション 2012年10月号 p.97
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