日本政府は、2012年9月11日の閣議で、沖縄県石垣市の尖閣諸島を地権者から購入して国有化することを決定した。これに対して中国各地で反日デモが発生し、日系企業が暴徒の襲撃により大きな被害を受けることとなった。今回は、この問題を題材として戦略的思考について論じることにしよう。

意味不明の「毅然たる対応」

 8月15日の香港活動家の尖閣諸島不法上陸事件の際、テレビ・新聞などのマスコミに登場した論者のほとんどが「毅然たる対応」を政府に求めた。しかし、この「毅然たる対応」とは何なのだろうか。

 岩波書店の広辞苑によると、「毅然」とは、「意思が強く、物事に動ぜずしっかりしているさま」とある。その意味では、尖閣諸島を我が領土とする日本政府の姿勢は不変なので、「毅然」に該当するようにも思えるが、論者の主張を聞くとそうではない。「対決姿勢を明確に示す」という趣旨で「毅然」を用いている。

 それでは、「毅然たる対応」の実践として、どこまでを対象としているのだろうか。不法上陸した活動家を強制送還せずに、公務執行妨害罪で事件化すべきだったという点ではコンセンサスがあるようだ。しかし、例えば次のような案件については、「毅然たる対応」論者の中でも見解が分かれるはずである。

  • そもそも不法上陸させないように、負傷者が出ても構わずに抗議船への強行接舷や拿捕などの実力行使をすべき
  • 灯台や港湾の設置など日本の実効支配を強化する施策を進めるべき
  • 尖閣周辺の資源開発を日本単独で開始すべき
  • 尖閣諸島を守るために防衛力を整備すべき

 具体策にまで踏み込む論者が少ないのは、「毅然たる対応」を求めるだけにとどめておけば、誰からも批判される恐れがないからだろう。そもそも批判されるのが嫌であれば、何も論じなければよいのだが、今の時代にそうした謙譲さを求めるのは無理なのかもしれない。

 さらに、「毅然たる対応」がどうして問題解決に結びつくのかという肝心な点も明確ではない。恐らくは、「理は日本側にあるのだから、日本側が毅然と主張すれば相手国も分かってくれるはず」という発想が根底にあるのだろう。しかし、夫婦同士でさえも理解し合えずに離婚するケースが後を絶たないのに、文化も歴史的背景も異なる外国に日本的な話し合い精神が通じると期待する方がどうかしている。

 要するに、「毅然たる対応」論には、「毅然」という響きの良い言葉以外に何もないということだ。こうした底の浅い言説に振り回される国民の側にも問題がある。

 山本七平氏が看破したことだが、日本人は「片付かない状態」に著しくフラストレーションを感じる傾向がある。尖閣問題にせよ竹島問題にせよ、「片付かない状態」が何時までも続くことに苛立つあまり、「毅然たる対応」という安直な議論に飛びついてしまうのだろう。

 しかし、そもそも領土問題に関して、快刀乱麻の解決策などあるわけがない。陸続きの国々では、それこそ有史以来から延々と国境紛争が続いているケースがざらにある。つまり、隣国との間に領土問題が存在するのは「普通の状態」と割り切るべきなのだ。

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