先日、ある外資系投資銀行が韓国で開催したアジア・太平洋の機関投資家向けセミナーで、日本の通信産業について講演した。LTEやスマートフォン、周辺デバイスなど、主にモバイル分野の国内動向に関して説明したのだが、開始当初は100人程度はいた参加者が、1人消え、2人消え、終わる頃には半分弱しか残っていなかった。

 私の英語や内容がつたなかったからというわけでもないらしい。残った方々からは「何の問題もなく、興味深かった」と言っていただいた。「席を立った方々は、おそらく単に日本の通信セクターの動向に興味がなかったのだろう」とも。

 これは筆者にとって意外だった。というのも、日本の通信セクターに相応の規模で投資している投資家が少なからずいることを知っているからだ。どうやら日本の通信セクターは「興味はないが、投資する」対象らしい。

 実は海外投資家のそうした意識を感じたのは初めてではない。例えば通信事業者に話を聞くと、海外の投資家向け説明会(ロードショー)は、そもそも関心を集めるのに一苦労だという。また1年ほど前、米国格付け機関大手のムーディーズが、NTTおよびNTTドコモの長期債務をネガティブに見直すと発表したが、これは海外の格付け機関などとのコミュニケーション不足が一因になったようだ。そもそも先方の日本の通信事業者に対する関心が薄いともいえる。

日本の通信市場は「安定資産」

 日本経済はおそらく、向こう4~5年は、先進国の中でも相対優位を得られると見られる。これは日本市場が、(1)いざという時に換金が容易な流動性が確保されている、(2)通信産業のように計画経済的な性格の強いセクターの割合が大きい、(3)通信セクターは収支が好調で、コンテンツ産業などの売上回収による規模拡大も見込めるため、「とりあえず買っておく」と投資家が判断できる、といった理由からだ。

 前述の投資銀行のセミナーでの反応も、概ねこの通りだろう。機関投資家の心理としては、何かトラブルが生じた時すぐに現金化できる資産を、一定の割合で保有しておきたいものだ。日本の通信セクターは、まさしくそれに該当するわけだ。すなわち、日本の通信産業に対する海外の評価は、ある意味で「金の延べ棒」なのだろう。それほど関心を寄せなくても、一種の安全資産として買っておける存在である。ただ裏返せば、何かあった時に、投資家が現金化を望む時には、対話する手がかりもなく有無を言わさず換金されてしまうことになる。

 また、金と同等の無条件、ないしは無思考の信頼を得ているのは、現時点で日本の通信セクターに相応の生産力と需要量があり、それが流動性を担保しているからである。これらが日本の通信市場の規模に依存しているのだとすると、今後の日本の総需要の減少の顕在化で、風向きは変わりかねない。

 現在、各携帯電話事業者が、番号ポータビリティーによる他社からの移行に多くのインセンティブを積み優遇する施策を取っているのは、市場が飽和しつつあるからだ。固定通信から移動体通信へのシフトも、そもそも消費者の可処分所得の中で、通信料金に振り分けられる割合には上限があることを示している。

 もちろん多くの事業者は、こうした状況を見越して、海外展開を急いでいる。しかし当面は国内市場を足場にせざるを得ないのも現実だ。市場が一定の飽和状態を迎えた分野で、どのように事業を成り立たせていくか。この点では、国内のインターネット接続事業者などは先行者といえる。先行者の生存術を手本としつつ、市場が飽和する時代の施策を産業全体で真剣に考えるべき時期を迎えている。手を打たなければ、海外投資家による現在の「無思考の信頼」は、次第に崩れかねない。

出典:日経コミュニケーション 2012年7月号 p.105
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