2011年の通信業界は、スマートフォン一色だった。近年ガラパゴスと揶揄され続けてきた日本だったが、その日本を含めここまで世界的に産業動向の足並みがそろったのは、近年稀なことだ。

 2012年もこのトレンドは変わらないだろう。いくつかの予測では、2012年から13年にかけて、世界全体でスマートフォンの総出荷台数がフィーチャーフォンを超える、あるいはパソコンの出荷台数を超える見通しが示されている。国内も含めた各国市場の勢いを踏まえると、この予測に違和感はない。

 ではこの先、スマートフォンによって、世界的に通信産業のベースが統合される「大統一理論」が完成するのだろうか。さにあらず。スマートフォンが浸透すればするほど、世界各国での生活習慣や文化の違いが浮き彫りになり、個別対応が迫られる時代となるだろう。スマートフォンそのものは世界的に同一のプラットフォームであるがゆえに、むしろその使い方の違いが、これまで以上に浮き彫りになると考えている。

日本は従来携帯とのギャップに直面

 例えば去る2011年12月、国民生活センターは国民に向けて「急増するスマートフォンのトラブル」と題して、「修理に出しても不具合が続く」「すぐに電池がなくなる」といったスマートフォンのトラブルの類型を示し、注意喚起した。販売現場ではこうした事態を理解していたはずだが、即効性のある手立てもなく、現在に至っている。

 実はこれは日本ならではの課題と言える。日本ではこれまで10年近く、音声サービスはもちろん付加価値サービスも含め、フィーチャーフォンによる高品質なケータイ環境を、消費者や事業者などすべてのステイクホルダーが享受してきた。今までの恵まれた環境に対して、スマートフォンはあまりに剥き出し感が強く、順応できない消費者にとっては〈荒野に放り出された〉感があるというわけだ。

 それに対してフィーチャーフォンが未成熟だった国々では、インターネットの登場に続く第二の革命として、一部でスマートフォンが熱狂的に受け入れられている。日本のようにスマートフォンのトラブルが問題視されるケースはあまり見られない。つまり、スマートフォンの受け止め方は、それまでのケータイ環境によって、大きく異なるということだ。

スマートフォンが通信市場を一変した

 一方で消費者から産業全般に視点を引いてみると、世界共通の課題も浮かび上がってくる。

 例えば情報セキュリティやプライバシー。スマートフォンは従来のケータイと比べて、ほぼWebそのものといえるほど高度なサービスを利用できる。しかもユーザーはそれを肌身離さず四六時中持ち歩くことでこれらの問題は従来より複雑化・高度化している。

 ソーシャルメディアとの相性の良さも拍車をかけている。ユーザー自らが積極的、かつ場合によっては無自覚に情報を発信することで、プライバシーの概念そのものの再定義さえ迫られている。

 またスマートフォンが携帯電話よりパソコンに近いものだと考えれば、通信サービスと情報サービスの〈責任分界点〉を真剣に考え始めなければならない時期に来ている。果たして通信事業者が従来のように端末販売を手がけるべきなのか。それはネット中立性や通信事業者のビジネスモデルといった、巨大なアジェンダを新たに提起することにもつながる。

 どうやらスマートフォンは、通信サービスの根幹から消費者との向き合い方、産業構造に至るまで、あらゆるパンドラの箱を開けてしまった。通信事業者にとって2012年は、まだまだサバイバルが続きそうだ。

出典:日経コミュニケーション 2012年1月号 p.89
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