米アップルの多機能携帯端末「iPad」の登場をきっかけに、多くの本や雑誌が続々と電子化されている。さらに印刷会社や流通会社、通信事業者から端末メーカーまで、多くの企業が電子書籍をキーワードに提携などを発表。2010年はまさに電子書籍元年といった様相を呈している。

 ここでいう電子書籍とは、おおよそ従来の紙でできた本や雑誌を電子化したものを指す。つまり紙の延長である。筆者は正直なところ、単なる紙の延長であるなら、読むときは紙のままでいいと思っている。ただ保管時のことを考えたり、検索性を考慮したりしたとき、電子版を手元に置いておきたいとも感じる。

 一方、同じiPadの登場をきっかけに、紙の書籍の延長とは一線を画す動きも出てきている。電子化することで、これまでにない新しい“本”の形を追求する---紙の制約を乗り越え、本の枠組みを超えた「オルタナティブ電子書籍」とも言うべき新メディアの胎動が感じられるのだ。

 筆者がわくわくするのはこちらの動向である。実際、電子書籍を手がけるデザイナーやプランナーに取材すると、多くの方が“紙の本”の再現に疑問を感じていることが分かる。

「おでんになった大根は漬物にならない」

写真1●ページめくりの例
紙の操作性をうまく再現していている
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 例えば「ページめくり」や「見開きページ」。多くの単行本や一部の雑誌の電子版が、紙と同様の使い勝手を再現している(写真1)。裏側のページの文字が透けて見えるようにした細工や、iPadを横にすると見開きページが展開するといった工夫は、紙の本の再現としてとてもよくできていると思う。

 筆者も当初は目新しさから、そのギミックを面白がっていた。ところが「読む」という行為に立ち返った際、ふと疑問がわいた。「iPad上で紙の操作性をわざわざ再現する必要があるのだろうか?」。

 同じ疑問を、電子書籍の制作に携わる多くのデザイナーも抱いているようだ。その一人であるアルジス CEO(最高経営責任者)/クリエイティブディレクターの宮田人司氏は、「紙の使い勝手にこだわるのは出版社の編集の方に多い」と指摘する。宮田氏はiPad向け雑誌風アプリ「Kilibaly」などを手がける(後述)。

 「紙の再現」が現在の電子書籍を席巻しているように見えるのは、デザイナーなど実際に制作する側の意向ではない。紙の発想からなかなか抜け出せないわれわれ出版社側の人間に原因があるようだ。

 読み手のことを考えると、紙とディスプレイの使い勝手が違う以上、読みやすい“本”の形も変わってきて当然だろう。毎日新聞社が発売するiPad専用写真誌「photoJ.」(フォトジェイドット)の制作・デザインを手掛けるクロスデザイン代表取締役の黒須信宏氏(関連記事)は、出版社が紙用にレイアウトしたデータをそのまま電子版に流用しようとすることに対し、“おでん”の例えを用いて次のように説明する。

 「生の大根は煮込めばおでんになるし、漬物にもできる。でもいったんおでんになった大根は漬物にはならない。電子書籍も同じだ。『紙用にInDegign(アドビシステムズのDTPソフト)のデータがあるから、これを何とか電子化して』というケースがよくあるが、そもそも考え方からして違うのではないか。電子化するには紙用のデータにする前のコンテンツ、『見せたいこと、言いたいこと』に戻らなければならない」。

 出版社の人間として、耳が痛い指摘だ。同氏はこう続ける。「『これを見せたい。だったら最終的な出力の仕方はこう作りましょう』という考え方を採らないと、iPad用の雑誌として読まれるものにはならないと思う」。

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