数学に関する本が売れているそうだ。大学で数学を学び、数学の教員免許を取得したが教員採用試験に落ち、記者になった自分としてはうれしい。

 「売れているそうだ」と書いたのは、新聞を読んで知ったからである。日本経済新聞の書評欄を眺めていると、数学書がしばしば紹介される。例えば3月10日、「ベストセラーの裏側」という欄に、『新装版 オイラーの贈物』(吉田武著、東海大学出版会)が登場した。5月19日、同欄は『いかにして問題をとくか』(G・ポリア著、柿内賢信訳、丸善)を掲載している。

 興味深いのは、二冊とも新刊ではないことだ。『オイラーの贈り物』はもともとは1993年に出されており、『いかにして問題をとくか』はなんと1954年に発行されている。

 『オイラーの贈り物』はいったん絶版になっていたが購入希望者が多く、新装版が発行された。紹介記事の見出しは「勉強したい社会人を刺激」となっており、日経は「景気の悪いときこそ勉強して自分を高めたい。ヒットの背景には、そんな志もあるのかもしれない」と書いている。

 一方、『いかにして問題をとくか』は50年以上も版を重ねてきたが、2009年から売れ行きが急に伸びたという。日経記事には「プログラミングの第一人者、スティーブ・マコネル氏が自著で紹介したこともあり、コンピュータープログラマーたちに注目された」とある。

 さらに7月18日付の日経は「今を読み解く」という欄に「不安な時代の数学ブーム」と題し、2009年から2010年に発行された数学本を数冊紹介する記事を掲載した。『オイラーの贈り物』を筆頭に、『リーマン予想は解決するのか?』(黒川信重・小島寛之著、青土社)、『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』(マーシャ・ガッセン著、青木薫訳、文藝春秋)、『大数学者』(小堀憲著、ちくま学芸文庫)、『数学史』(佐々木力著、岩波書店)が取り上げられている。

 この記事を書いた日経の吉次弘志経済金融部次長は「景気もいまひとつぱっとせず、政治も混迷し、グローバル化の進展で今まで頼りになった会社や地域社会などもガタガタになった。そんな不安が絶対確実なものの代名詞、数学への憧憬につながり、静かなブームを生んでいるのかもしれない」と述べている。

数学書が売れるのは当たり前

 数学書が売れている理由を自分なりに考えてみたが、記者になって脱落したとはいえ、もともと数学の世界にいただけに、客観視することが難しい。「数学書が本来売れるべき数量に達しただけ。ようやく普通の状態になったわけで、ブームなんかではない」と思ってしまう。

 ITproの読者は、いわゆる理工系の方が多いだろう。学生時代は文系であったとしても、ITの仕事に就かれ、プログラミングやアルゴリズムを学ばれたのであれば、理工系といってよい。理工系あるいは文系と言って人を区別することは日本の愚行の一つだが、話を分かりやすくするため、あえてこれらの表現を使うので了承されたい。

 さて、いわゆる理工系の方々であればお分かりと思うが、理工系、そしてその象徴と言える数学をなんとなく軽んじる、あるいはやゆする風潮が日本にはある。例えば、ある著名作家はかつて「世の中で役に立たない二次方程式を教えるより、もっと大事なことを学校で教えるべきだ」といった主旨の発言をした。

 たいていの数学関係者はこの発言を記憶しており、今でも立腹している。自分も読んだ記憶があるが、書籍だったか記事であったか、出展が不明なので、作家名は伏せておく。

 この作家はしっかりした考えの持ち主なので、おそらく数学を馬鹿にするつもりはなかったと思う。ただ、「もっと大事なことを教えるべき」という主張を強調するために、二次方程式を持ち出すあたりに、本人が意識していないとしても、数学を軽く見る気持ちが感じられる。

 もう一つ、『高校大パニック』という映画があった。この映画を自分は見ていないが、登場人物が「数学できんのが何で悪い!」と叫ぶシーンはテレビでしばしば流され、眼にするたびに不愉快であった。話がそれるが、ある漫画家がこのシーンを取り上げ、同じせりふを叫ぶ生徒に対し、教師が「人生でアホを見るからだ」と答える四コマ漫画を描いており、大笑いした記憶がある。

 先に紹介した「不安な時代の数学ブーム」という日経記事の中でも、「数学と言えば、『どうにも好きになれない』『嫌い』と思った人の方が多数だろう」といった表現があり、元数学教師志望者としてこのくだりはいただけない。

 「どうにも好きになれない」「嫌い」と思う方々には失礼だが、要するに数学の成績が悪かったということだろう。人それぞれであり、数学が苦手だったことを恥じる必要はない。しかし、数学ができて理工系に進んだ人、数学が好きな人に対して、からかうような態度をとることは慎んでいただきたい。念のため補足すると「数学ができない奴はダメだ」などと言うつもりはない。

 書いているうちにやや興奮し、話がそれた。要するに、数学は面白いものの一つであり、その面白さを解説した本が一定の冊数売れるのは当たり前であると言いたい。

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